舞踏家・麿赤兒インタビュー 「AI」を“をどる”。
国内のみならず海外でも“BUTOH”をけん引する一人として高い評価を得る舞踏家・麿赤兒(まろ あかじ)。彼が率いる舞踏カンパニー「大駱駝艦(だいらくだかん)」を旗揚げして45年を迎える今、創立45周年記念公演で挑むのは、なんと“AI”。
時代が移り変わろうとも、生身の肉体で“人間”を踊ってきた麿がテクノロジーによって生み出された擬人、超人を踊る!
◆大駱駝艦は人間の総体を踊っている
「自分ではそんなに長いことやっている実感があまり無いんですけどね」と朗らかに笑う麿赤兒。1972年に舞踏集団・大駱駝艦を立ち上げて以来45年、師・土方巽が生んだ暗黒舞踏の担い手として第一線で活動してきた。
「でも最初のころは“舞踏”と名乗っていなかったんです。おこがましくてね。現に、舞踏といえるのかどうか分からないけど、誰も見たこともないような“をどり”をやっていますよ(笑)。もちろん僕の中で、舞踏は最も重要なファクターですけどね」
麿が“舞踏”の代わりに表明したのは“天賦典式(てんぷてんしき)”。この世に生まれ入ったことこそ大いなる才能とす、という意を込めた名だ。それはまさに人間のありのままを見つめ、表現しようとする麿の踊り=“をどり”を示す言葉。
「夢中でやりたいことをやっていたら45年経っていたという感じです。確かに時代は大きく変わって、舞踏の世界をけん引してきた人たちも少なくなりましたけど、若い人もちゃんと出てきているしね。それに人間の身体というものはホモサピエンスの時代から大して変わっていないわけだから。その辺は大きく構えていればいいかな、と(笑)」
戦後のアングラカルチャーの中でも、舞踏は自然と現代に受け継がれている。中でも大駱駝艦のファン層は幅広い。時代が変わっても若い世代を引き付ける理由とは。
「多面性を秘めた表現をやってるからじゃないですか(笑)。人間の変なところ、愚かなところ、賢いところ、悪いところ良いところ…つまりは人間の総体を踊っているので、世代や時代、国が違っても興味を持つ人がいてくれるのかもしれないですね。見ている人が僕らを不思議な存在だなと思ったとしたら、それは自分という存在の不思議さに気付いたということじゃないかな。まあ“俺はあんなバカなことしないよ”とか“私はあんな汚いことはしない”という人もいるでしょうし、逆に美しさを見出す人もいる。いわば、美の価値の広がりを感じると。これも美しいんだ、と気づくことの面白さを感じてくれる人もいますね」
■新作公演『超人擬人』の題材は「AIロボット」
人間の不思議さを感じるとき、人間の可能性も感じるのかもしれない。
「でもよく考えてみればそんなに不思議なことでもないと思うんですよ。人間は太古の時代から良くも悪くも生物の頂点にいるわけで、いわば進化してきた生物たちの記憶をすべて背負ってきたようなもの。だからカエルにもなれるし牛にもなれる。カエルが人間のマネをしようったってできないし、しようとも思わないでしょう(笑)」
しかし、もし人間を超越した“人間でない存在”が現れたとしたら…。9月28日から行われる新作公演『超人擬人』(演目順は「擬人」「超人」に変更)では“人間でないもの”つまりAIロボット=擬人、AGI(汎用人工知能)ロボット=超人を題材としている。
「AIについては今や至るところで論じられていますから僕のような素人が語るまでもないんですけど“人間が作った、人間を超越する人間ではないもの”について考えてみたら、いろいろと面白い妄想がふくらんできましてね(笑)。人間よりはるかに優れた存在が人間を分析したら、地球にとって危険な生き物だとみなすかもしれない。そのとき、どんな判断を下すだろうか…とかね」
ロボットを踊りで表現する面白さもあるという。
「今回はAIロボットと、セルフプログラミングが可能となって人間を超越したAGIロボットが登場するので、いわゆるシンギュラリティー、人間を超越する瞬間をどう表現するか。なかなか難しいところがある。まだロボットの段階だとロボットダンスのような、まだ機械の限界を感じる動きでいい。普段、踊りが下手だと言われてるヤツのほうがロボットっぽくて上手かったりしてね(笑)。踊り手たちも楽しんでいますよ。高性能なロボットには人間の神経同様のものが張り巡らされているので、ニューロンの中の動きをやる…とか言ってね(笑)。人間をマネするロボットを表現する人間、という状況もこれまた面白いですけどね。そういう新鮮な面白さもあるんですけど、そもそも踊りの振り付けとは、プログラミングってことですからね。自分で自分の振り付けをするのはセルフプログラミング。これはちょっと高等じゃないとできない(笑)。だから今、稽古場で振り付けすることを“プログラミングするぞ”とよく言っています(笑)」
■ジェフ・ミルズがふたたび参加
今回の音楽には、テクノの第一人者ジェフ・ミルズが2014年の『ムシノホシ』以来の参加。麿の世界観とテクノ音楽が絶妙な化学反応を引き起こす。
「ジェフの音楽は、第一音から人を引き付けることができるんですよ。確かに機械が生み出す音なんだけど、色気を感じるんです。しかも今回は彼の得意分野だからね。テーマはAIだと伝えただけで“分かった分かった”という感じで。今ごろAIなんて遅いわい、みたいな顔をしていましたよ(笑)。彼が使うのはシンセサイザーというテクノロジーだけど、その音は宇宙とか自然から彼がキャッチしたものなんだと思う。だから色気を感じるんだろうね。『ムシノホシ』のときに彼に言ったんですよ、あなたが宇宙の音をキャッチできるのはムシのようなセンサーを持っているからだろうってね。そしたら、俺は人間だ!と言っていましたよ。彼は僕のことを「ブラザー!」って言うの(笑)」
イメージはどんどん広がっていく。
「機械や数字にも色気を感じることがあるんだな、と思いましたね。色気を感じるなら情だってわく。ロボットが人間に近づこうと、あれこれやってみる、その姿が妙に切なく見えてくる。ロボットやCGなどが人間そのものに見える一歩手前を、人は不気味と感じるそうですね。それを“不気味の谷”と呼ぶとか。うまいこと名付けたと思いますよ。人間にぎりぎり近づいたのに不気味と言われてしまう。その“谷”をどう表現するか…。ロボットのことを考えていると、自分でも不思議な感覚になる瞬間がありますよ。どんどん妄想が広がっていってね。自分では、また新たな発見をしたなあ、と楽しんでいます」
AIを考えることは、結局のところ、AIを生み出した人間について考えることなのかもしれない。
「逆に人間について考えてみると遺伝子や本能なんて、自然界によるプログラミングだしね。人間は欲望が動かしているともいえる。ではAIは欲望を持つことができるのか。人間が作ったものだからといって、この先がどうなるかなんて誰も分からない。“ロボット三原則”があっても、実際にセルフプログラミングが進化していけば、それだって自分で書き換えてしまうんじゃないかね。こんなもん要らないや、って(笑)」
テクノロジーの進化は人間にどんな進化を、もしくは退化をもたらすのか。
「僕は、人間というものはアウトプットされたものでしかないと思っているんです。世界と交流して情報を取り入れて、それを分析してアウトプットする。“内面”だけで成り立つ人間なんていない。そもそも内面なんて無いとすら思う。今の子はゲームでポケモンを捕まえているけど、僕らの時代は実際にカブトムシを捕まえていたわけで、インプットされるのがバーチャルの経験かリアルの経験かで、どんな違いがあるんだろう…なんてことにも興味ありますね。時代の変化が、人間にどんな作用をもたらすのか。…ま、そういう意味では“をどり手”は強いですよ。時代がどうなろうと、体一つでただウロウロしていればいいんですから(笑)」
人間は完璧ではないけれど、そこにこそ可能性がある。麿たち“をどり手”が不思議でなくなったとき、それは人間が神秘や可能性を失うときかもしれない
(本紙・秋吉布由子)
振付・演出・美術:麿 赤兒
緊急出動:KUMA・篠原勝之
音楽:土井啓輔、ジェフ・ミルズ
【公演日】9月28日(木)~10月8日(日)
【会場】世田谷パブリックシアター
【チケット】S席(1~2F。全席指定):前売4500円、当日5000円/A席(3F。整理番号付き自由席):前売3000、当日3500円・各税込
【大駱駝艦 URL】http://www.dairakudakan.com/