陸前高田市に隈研吾氏設計デザインのコミュニティー施設を建設 [PR]
岩手県陸前高田市と一般財団法人 日本アムウェイ財団は、同財団の「Remember HOPE 東北支援プロジェクト」の取り組みとして、新たなコミュニティー施設「陸前高田アムウェイハウス(仮称)」を建設。設計デザインを世界的建築家、隈研吾氏が手掛けることを発表した。
東北支援プロジェクト「Remember HOPE」は、2011年3月の東日本大震災の被災地復興支援のもと、人と人との絆を取り戻すための活動として、日本アムウェイ合同会社が2012年に開始した社会貢献プログラム。その後、一般財団法人 日本アムウェイ財団を同社内に設立。被災地3県(岩手、宮城、福島)のコミュニティー施設の建設とチャリティーイベントの開催を通して、地域の人々が集う場所と機会の提供を行う活動を続けている。これまでに4棟のコミュニティーハウスを宮城県南三陸町、福島県相馬市、岩手県野田村、大槌町に建設。今回の陸前高田市は5棟目となる。
設計デザインの発表会では、設計デザイン発表会で、一般財団法人アムウェイ財団評議員会長で、日本アムウェイ合同会社社長のピーター・ストライダム氏、一般財団法人日本アムウェイ財団代表理事・佟嘉楓(トウカフウ)氏、陸前高田市市長戸羽太氏、建築家・隈研吾氏が登壇。それぞれ挨拶した。
一般財団法人アムウェイ財団評議員会長で、日本アムウェイ合同会社社長のピーター・ストライダム氏
「6年前、前任の社長が東日本大震災の直後東北を訪れました。そこで甚大な被害を目にし、日本アムウェイが長期にわたってこの地を支援する必要があると強く感じました。その時“Remember HOPE”というアイデアが浮かび、コミュニティーハウスを建築することになりました。これまで東北地方で4棟のコニュニティーハウスを建築していますが、今回5棟目を陸前高田市に建築することになり、陸前高田市と隈研吾氏とパートナーシップを組むことになりました。それにより、さらに“Remember HOPE”が高みを極めることができると思っています。日本アムウェイが東北地方に掲げるコミットメントは長期にわたるものです。“Remember HOPE”という同テーマは、長期にわたり希望を忘れないようにと願いを込めています」
一般財団法人日本アムウェイ財団代表理事・佟嘉楓(トウカフウ)氏
「2012年に息の長い持続可能な東北支援を実現するために、 “Remember HOPE”をスタートしました。その後一般財団法人アムウェイ財団が設立され、今では、6億6000万円以上の資産を持つチャリティー財団になりました。財団では、2013年から宮城県南三陸町、福島県の相馬市、岩手県の野田村、大槌町に4棟のコミュニティーハウスを建築しましたが、“建ててからが始まり”というスローガンのもと、現在でも年間を通して多くのイベントを開催しています。これまで、支援者の皆さんのご厚意で3万6000時間以上のボランティア時間と、7億8000万円近くの寄付金をいただいております。また、アムウェイハウスも9万4000人近くの人に、ご利用いただいております。陸前高田市は壊滅的な被害を受けた地です。しかし一本松に象徴される不屈の精神のもとで、住宅や商業施設の再建など、着実に一歩一歩復興への道を進んでいます。この度、陸前高田市の関係者と支援者のみなさま、また設計を快く引き受けてくれた隈研吾先生にも心からお礼申し上げます」
陸前高田市市長戸羽太氏
「東日本大震災から6年と7カ月が経過しましたが、まだたくさんの方々が仮設住宅で過ごされております。陸前高田市はもともと人口が2万3000人しかない小さな市です。その中で、残念ながらご遺体で発見されたのが、1556名、そして今もなお203名の方が行方不明のままです。私も人生の中で初めてあの瞬間に絶望というものを感じました。どうにもならないというのは、こういうことなんだなと、全ての希望を失ったわけです。残念ながら私は妻も亡くしました。そういう中で、犠牲になった人のために陸前高田市をどういう街に復活させればいいか、みんなで話をしました。その中で、ノーマライゼーション、言葉のいらない街を目指そうということになりました。障害があっても、高齢者になっても、すべての人たちがもっともっと人生を謳歌できる地域が必要なんじゃないか。挫折をする人がもう一度希望が持てる街にしたい。そういう思いを込め、陸前高田市の復興のコンセプトを“ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり”といたしました。従って、今回アムウェイハウスを作っていただくにあたり、障害者団体や高齢者の人たちのお世話をしていただいている社会福祉協議会の方々に利用していただき、そこにいろいろな人たちが集うことにより、陸前高田市に希望を取り戻す。そういう象徴的な施設にしていただきたいとお願いしました。たくさんの犠牲者の方々に、“よく頑張った”と言ってもらえるような街を復活させるために、しっかりと復興を進めてまいりますので、これからも陸前高田市をはじめとする被災地のことをぜひ忘れないでいただきたいとお願い致します」
建築家・隈研吾氏
「震災の前から東北にご縁があって、東北の建築の設計も数々してきました。そこで思ったのが、東北の地域というものが持っている、自然とのつながりの深さ。東北はいろいろな山があって川があって、そういう自然とコミュニティーが一体となっている。そこに非常にレベルの高い職人さんたちがいて、その職人さんと自然の材料と自然景観が一体となって、強いコミュニティーを作ってきたのが東北だと思います。そういう東北の復興をお手伝いしたいというのが私の思いです。東北には素晴らしい職人さんがたくさんいますが、非常に残念なことに絶滅の危機に瀕しております。今回、その技をもう一度取り戻すきっかけにできれば、それがアムウェイハウスなのかなという思いもあります。東北の職人さんでまず頭にうかんだのは気仙大工のことです。実は気仙大工というのは、日本の大工技術の中でも、本当に特出した技術で、江戸時代から日本全国より評価されていました。日本全国に気仙地区から出て行って、いろんな仕事をした集団だったそうです。クライアントとの信頼関係も得ており、ニーズに応えた美しくて強いものを作ったということで、大ブランドでした。学生の頃に気仙大工のことを習って、そんな素晴らしい人たちがいたんだと思ったのですが、今はほとんど消えかかっている。ですから、今回のアムウェイハウスはその気仙大工の技を最大限に使っていきたいなと思いました。そのほか、気仙壁や和紙の技術など、東北の技を使用し、サステナブルな技術を取り入れる。また、陸前高田の理念、 “ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり”と連動したアイデアも取り入れました。例えば一番目に付くところに福祉関係や支援関係の施設を持ってくる。それらは大きな主屋根でつながっている。“ひとつ屋根の下”に集うという言葉を具現化し、コミュニティーを形成できるようにしました」
「陸前高田アムウェイハウス(仮称)」は、 2018年、春に着工。同年内に完成予定。