長島昭久のリアリズム 第七回
「海洋国家日本」の外交・安全保障戦略(その4)
中国海軍は、青島を根拠にする北海艦隊、上海に近い寧波を母港とする東海艦隊、湛江に本拠地を構える南海艦隊からなるが、中国海軍の艦艇が太平洋に出る場合には、海南島からバシー海峡を経るか、沖縄と宮古島の間の宮古海峡を通ることになる。2000年代前半までは中国近海での活動にとどまっていたが、2004年11月に中国原子力潜水艦が我が国の領海内を潜没航行したのを皮切りに、2008年10月には艦隊行動として初めて第一列島線を越え、津軽海峡を通って西太平洋に出てわが国を周回し宮古海峡を経て帰港した。さらに2009年には宮古海峡を通って沖ノ鳥島海域に進出。一昨年には本来隠密活動のはずの潜水艦2隻をわざわざ浮上させてその周りを駆逐艦等が円陣形を組んで通過し、沖ノ鳥島の海域で10日間対潜訓練等を行った。その間に、米空母に対する中国潜水艦の異常接近や、米海軍調査船に対する妨害など、海軍艦艇を含む中国公船による挑戦的な行動が繰り返された。
その結果、いま何が起こっているか。端的な事例を振り返って、東アジアにおける地政学的なバランス・オヴ・パワーに与える中国の海洋進出の恐るべきインパクトについて認識を共有しておきたい。時は今から16年前の1996年。台湾では2期目に臨む李登輝総統が初めての国民による民選の総統選挙を実施しようとしていた。当時の李総統は、台湾は中国とは別の主権国家だという議論を展開し、台湾では独立機運が高まっていた。北京政府は、李総統が勝てば一気に独立に突き進むのではないかと極度に警戒し、台湾国民にプレッシャーをかけるため、台湾海峡で大規模なミサイル演習を繰り返したのである。これに敏感に反応したのが、米国だ。クリントン大統領は、ただちに2つの空母機動部隊(艦艇約20隻、航空機約120機)を台湾周辺へ派遣し、中国を牽制したのである。一触即発の危機に直面したが、彼我の力の差は歴然。中国はほどなく矛を収めざるを得なかった。この屈辱的な砲艦外交の敗北により、中国は凄まじい軍拡に乗り出すことになる。
その結果、何が起こったか。それを具体的にイメージしてもらうために、かりに、いま再び台湾海峡危機が勃発したと仮定してみよう。果たして、オバマ政権は16年前と同じように、何の躊躇もなく空母機動部隊をこの海域に送ることができるであろうか。答えは否である。次回は、中国の海洋軍拡の懸念すべき実態につき明らかにしたい。
内閣総理大臣補佐官(外交・安全保障担当) 衆議院議員 長島昭久