長島昭久のリアリズム 第八回
「海洋国家日本」の外交・安全保障戦略(その5)
前回の結びに1996年の台湾海峡危機に触れ、仮に同じことが今日起こったとしても、オバマ政権は16年前のように躊躇なく空母打撃部隊を台湾海峡―より正確には、第一列島線の内側―へ投入することは難しいと述べた。理由は簡単だ。16年前に比べ、中国の海空軍が擁する「敵の接近を停滞させ、拒否する能力」が格段に向上しているからだ。たとえば、新型潜水艦を3〜4隻から40隻へ、新型駆逐艦を7〜8隻から40隻へ、第四世代戦闘機を50機から350機超へ増強してきたのである。加えて、DF21という核弾頭搭載可能な中距離巡航ミサイルは、空母を精密雷撃できる能力を開発中と伝えられる。空から、洋上から、海底から、米国の遠征部隊をはるかに上回る戦力で、その接近を著しく阻害することが可能となった。これを、「接近拒否」(anti-access)戦略と呼ぶ。
GDPで日本を凌駕し、23年連続で国防費を2ケタ成長させ、過去20年で22倍の軍事力を構築してきた中国がこのままのペースで海洋に向け軍事力を拡大させれば、当然のことながら米国に対する「接近拒否エリア」は第一列島線から第二列島線へと拡大されるであろう。米国およびその同盟国にとって、まさしく悪夢のシナリオだ。これこそが、劉華清提督が30年前に描いた戦略の本質だ。日本、韓国、台湾は、この接近拒否エリアに完全に埋没してしまうことになる。この中国の動きに対して、我々はその接近拒否能力を相殺するだけの能力、抑止体制を築かなければ、やがて第二列島線の内側が中国の内海になってしまうだろう。しかも、中国は、2000年代の半ばまでにインド以外の13カ国と国境紛争を解決し、もはや後背地を気にすることなく全精力を集中してその戦略的縦深を海(西太平洋とインド洋)に向かって思いっきり拡大し得る条件を整えたのである。
ところで、中国の究極のターゲットは、決して第二列島線の外側で米国海軍と張り合うことではない。第一列島線と第二列島線の間に広がる広大な海域における中国海軍の活動の自由、すなわち制海・制空権を確保することに他ならない。この海域の戦略的な価値は、計り知れない。この海域に原子力潜水艦を潜ませ、そこから射程8000キロといわれるSLBMを発射すれば、米大陸はどこでも狙い撃ちできる。それを可能にするために、中国はミサイルの命中精度を向上させると共に、目下、空母(打撃部隊)の建設に血道をあげているのである。
内閣総理大臣補佐官(外交・安全保障担当) 衆議院議員 長島昭久