「10代のころの自分を裏切らないものを作っていたい」Gotch(後藤正文 -ASIAN KUNG-FU GENERATION-)
ロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル・ギターでありながら、無料新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長、他アーティストのプロデュースも行いながら、社会活動にも精力的に関わる。後藤正文は、八面六臂の働きをしている。そんななか、初のソロ名義のアルバム『Can’t Be Forever Young』を完成させた。「やりたいことをやっただけ」という本作から、後藤の胸の内を探る。
「データは今日入稿するんで山は越えたんですけど、問題は紙の確保なんです。4月から消費税が上がるじゃないですか。それで紙の買い占めというか、買いだめがあるみたいで。いつも使っている100%の再生紙が手に入らない状況なんですよ。消費増税ってそういう影響もあるんだなって思いますね……」
持参した本紙のページを繰りながら、後藤は言った。何の話かといえば、後藤が編集長を務める無料の新聞『THE FUTURE TIMES(以下、TFT)』の話だ。キャッチコピーは「新しい時代のこと、これからの社会のこと。未来を考える新聞」。東日本大震災を受けて、後藤らが立ち上げ、2011年7月に創刊準備号を発行。ライターや編集者とともに制作し、後藤も自ら取材し原稿を書く。これまで5号を配布。4月15日には最新号の第6号が発行予定だ。
後藤のソロ活動を語るとき、TFTを切り離すことはできない。
「この新聞の印刷費を捻出するためにソロで作品をリリースしてきました。これまで『LOST』(2012年)、『The Long Goodbye』(2013年)、そして『Wonderland / 不思議の国』(2014年)とリリースして、その売り上げでどうにか続いている、そんな感じなんです(笑)。参加してくれている編集者やライター、フォトグラファーはほぼボランティアでやってくれています。みんな、お金なんていらないっていう姿勢で……。ただ、フリーランスで仕事をしている人にはちゃんとお金を受け取って仕事をしてもらっています。本当はちゃんと支払いをして、それで循環していくようにしなくちゃいけないとは思っているので」
TFTとともに重ねてきたソロキャリア。ただ、彼の愛称でもあるGotch(ゴッチ)のソロ名義で初めてリリースするフルアルバム『Can’t Be Forever Young』は、これまでとは少し立ち位置が異なりそうだ。「……そうですね。ソロでアルバムを作ってもいいんじゃないか、始まりはそんな感じでした」と、振り返る。
「アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)もあって、いろんなことをしているなかで、ソロ名義の作品が増えてきたこともあって、自分の名前で作品を作っておいてもいいんじゃないかなっていう気持ちになったんですよ。とくに何がきっかけっていうのでもなく。自分で作っているデモのなかにはアジカンに持っていけないようなものもあったし、そういうのをまとめて一つ作品にしてもいいかな、作っておこうかなって、そんな気楽な感じなんです。ただ、いつリリースするよっていうのがないと作らないから(笑)、締め切りを設定したっていう。最初は、もう少し早くリリースできる予定だったんですけど、これまでの経験というか職業病なのかなあ、“アルバムは12曲収録する”という考えがあって、10曲作ったらあと2曲作りたくなっちゃった。それで、レコード・ストア・デイ(4月19日)にリリースしようと」
時間以外の制約はほぼない環境。ただ、自分が作りたい音楽を作る。その結果、最新作から漂うのは、後藤が10代から聴き続けてきたロック音楽のフレーバー。90年代の英米のインディーロックだ。
「自分がやりたい音楽……もちろん、アジカンでやっていることもやりたい音楽であるのは当然のこととして、その上でやりたいものを作ったから、制作に大変さはまったくなかったですね。しいて言うなら、ミックスのためにシカゴに行ったときに、体調を崩したことぐらい。ちょうど大寒波が来ていて、本当にあのときはつらかった……」
アジカンには持っていけないデモ、言い換えるなら、アジカンではできないこと。バンド活動をするうえで、ソロ作品をリリースするミュージシャンがその理由を説明するとき、よく使うフレーズだ。しかし、本当にそうなのか。リスナーからの期待に応えようとバンド自身が自らを型にはめ込んでいるのでは、とクエスチョンマークが点滅する。
「型を作っている…っていうのとは違うかなあ。確かに、アジカンというのを考えた時、ソロと比べて、シリアスになるというところはありますけど、それは、アジカンはみんなで作ってみんなでやっているものだから。バンドのみんなでいろんなことを考えています。確かに、レディオヘッドみたいに、同じバンドでありながら大きく音楽性を変えていった例もあって、新しいバンドのスタイルを作ったと思うけれども、それもまたバンドとして、ということだと思うんですよ。そう考えると、ソロは自分だけだし。その結果も自分に降りかかってくるだけじゃないですか。売れなくてもいいやって思ってるところもあるし(苦笑)、届くところには届くだろうとも思う。だから、やりたいことをやるってことができる」
本作では、サウンドはもちろん、歌詞についても、自由を感じる。世間から「もっと青々しいことを歌えや!っていう圧を感じます。で、俺も自分に対して同じようなことを思います」と、後藤は自身のブログで書いていた。
「そう。もう37歳で、オッサンですよ。青々しいことを書き続けろっていう圧力は感じるけれど、それを書き続けるのは難しいというか、できないと思う。いろいろな経験もして、10代のころと今では違うし。そう思う一方で、やっぱりそういうものもやっていきたいっていう気持ちもあって。だから思うのは、10代のころの自分を裏切らないものを作っていたいということ。それが、このアルバムにも出ていると思います」
制作のスタイルも自由だ。本作で、後藤は、ボーカルやギターだけでなく、ハーモニカ、シンセサイザー、ターンテーブル、パーカッション、プログラミングとさまざまな要素を担当。それを盟友であるホリエアツシ(ストレイテナー)を始め、下村亮介(the chef cooks me)、井上陽介(Turntable Films)、TORA(8otto)、山本幹宗、岩崎愛など多数のミュージシャンがサポート。アジカンの作品やその活動、また後藤個人の活動を振り返ってみると、“つながること”“つながり”が芯になっているが、それがこのアルバムの態勢にも反映されているようにも思える。
「“ねえ、明日暇? だったら、ギター持って遊びにこない?”って電話したら来てくれた。一緒に何かを作ろう!っていうよりは、いつもと同じように遊んでるような感じのなかから曲ができあがっていたという表現のほうがあっていると思います。その結果、自分が思っていた以上の作品になりました」
「ただ……」と、後藤は続ける。「ミックスはズルかったかな、とは思っています。最後は、彼に任せちゃうんだって!(笑)」。担当したのは、後藤はもちろん多くの音楽ファンやミュージシャンがリスペクトするジョン・マッケンタイア(Tortoise / Sea and Cake)だ。
「レコーディングはすべて自分でやったので、彼とは1日一緒にいたぐらい。だから、彼の音楽への臨み方を見るとか、そういうところまでは行けなかったです。友人? いや、それは……だって、友達ってなろうと思ってなるものじゃないでしょ? 気づいたらそうだった、そういうのだって思ってますから」
好きな音楽を、好きな人と作る。今、やりたいと思っていたことを作品として放出した。そんな状態の今、とても気分がいいと話す。たくさんの人と関わって、いろいろな活動を同時に進行させていくなかで、このアルバムの制作は、自分の作品だけに目を向けられる、リラックスできた時間だったのかもしれない。
「思うんですよ、みんなもっと気楽にやってみればいいのにって。みんなまじめすぎるんです。去年、ヨーロッパツアーに行った時、すごく思ったんです。日本の人は働きすぎだって……」と、後藤が話すのを聞きながら、一番動いているのは後藤本人だという気持ちを飲み込んだ。なぜなら、『Can’t Be Forever Young / いのちを燃やせ』。彼はリラックスした表情を浮べ、「気軽」「気楽」という言葉を使いながらも、「いのちを燃やせ」と歌い、今、この瞬間を過ごしているからだ。
このアルバムを携えて、全国ツアーも展開する。夏フェスにも出たいとも、つぶやく。この日は、取材を終えた後にアジカンのリハーサルへと向かった。後藤は歌っている。「世界を呪っているヒマなんてない」。他にやりたいことがいっぱいあるのだ。
(本紙・酒井紫野)
『Can't Be Forever Young』は、4月19日のレコード・ストア・デイにアナログ2枚組でリリースされる。片面に3曲ずつ、全12曲を収録。これまでにリリースされた曲と、新曲で構成した。「アナログですけど、やっぱりいい音で届けたいと思ったので、このスタイルになりました。2枚組になるとちゃんと溝を掘れるので音がいいんですよ。曲順については自然に任せました。でも、いい感じで分かれています」と、後藤も満足げだ。
なぜ、リリースがこの日だったのかといえば、後藤が日本におけるレコード・ストア・デイのアンバサダーを務めているため。7インチのアナログで発表された曲で、本作にも収録している『The Long Goodbye』も昨年のレコード・ストア・デイにリリースした。
レコード・ストア・デイとは、2008年に米国でスタートし、世界21カ国で展開される音楽の祭典。とはいえ、グラミー賞のようなアワードとはまったく異なるものだ。全米700超、それ以外の国でも数百ある独立資本のショップとアーティストがタッグを組み、レコードショップでCDやアナログレコードを手にすることの面白さや音楽の楽しさを共有する日にしようというもので、毎年4月の第3土曜日に行われる。この日に合わせて、アーティストが新曲や未発表曲、ライブ曲をアナログレコードでリリースし、話題となっている。日本でも同様に、「RECORD STORE DAY JAPAN 2014」として行われる。
後藤の最新作がまずはアナログレコードでリリースされるのもそのため。アナログ盤にはバックアップCDとして同じ内容のCDが封入されている。CDのみの通常盤は、少し遅れて4月30日のリリースが決まっている。アナログレコード盤は3600円+税、通常盤は2130円+税。ともに、後藤が主宰するレーベル「only in dreams」から発売。
レコード・ストア・デイのスペシャルイベントにも出演!
4月19日のRECORD STORE DAY JAPAN 2014に先駆け、16日にはスペシャルイベントが行われる。イベントは、後藤とマーティー・フリードマンのトークのほか、Turntable Films、The fin.のライブも行われる。詳細は公式サイト(http://www.recordstoreday.jp/http://www.recordstoreday.jp/)で。
全国ツアー『Can't Be Forever Young』は5月16日キックオフ!
ツアーは、代官山からスタート。主要都市をまわったのち、6月11、12日に渋谷CLUB QUATTROでの2デイズでフィナーレを迎える。ライブには、アルバム参加のアーティストらがサポートメンバーとして参加する。詳細はレーベルサイト(http://www.onlyindreams.comhttp://www.onlyindreams.com)で。