鈴木寛の「2020年への篤行録」 第21回 今こそ中小企業から「バイパス型キャリアアップ」
この原稿が掲載される頃には東京は梅雨に入っている頃でしょうか。学生の就職活動もいよいよ佳境を迎えていますが、就職情報会社の調査では、7月までに実質的な内定を出す企業が6割を超える見通しだそうです。
今年は空前の「売り手市場」とあって、企業側は優秀な人材確保に懸命です。特に中小ベンチャー企業は、大手企業に人材を取られまいと囲い込みに入り、あとで内定を辞退されることも覚悟の上であえて早めに内々定を出す動きが報じられています。先日、経済誌系のウェブメディアの連載で、こういう状況だからこそ中小ベンチャー企業は、たとえば浪人や留年等の累計年数が2年を超えるような学生であっても能力本位で見定めるべき、工夫を凝らした採用戦略を採るべきだと提言させてもらいました。
さて一方の学生のほうはどうでしょうか。一時期、「意識高い系」という言葉がネット上で流行し、起業志向やベンチャー企業を目指すような若者を揶揄する言説もありましたが、昨今の就活市場に目を向けると、知名度もブランドもあり、待遇もいい大手企業が採用枠を増やしてしまえば、学生の大手志向がますます固まっていくのではないでしょうか。今春発表された人気就職ランキングの記事の類を見ていると、上位10社には銀行や証券会社、最大手の旅行会社等が名前を連ねており、よく言えば「堅実」、悪く言えば「安住」志向が変わらないと感じます。
手前味噌ながら、私の歴代の教え子たちは、そうした学生たちとは一線を画して就活に臨んでいました。おかげさまで日本を代表する社会起業家、大手ネット企業の経営陣として活躍し、有名雑誌の特集「日本を元気にする若者100人」で名を連ねるような卒業生も多数います。彼らの中には、卒業前後から学生ベンチャー、スタートアップ、NPOを起業する人もいましたが、マスコミを始めとする大企業に入るにしても将来的にはリーダー型人材として力を発揮するため、戦略的にキャリアアップをしています。
30代でリーダー型人材として活躍する教え子たちの多くは、20代から「非定型業務」つまり決まりきっていない仕事に全力で取り組んでいます。リーダーになる人材は①新しい仕事や仕組みをクリエイトする ②既存の仕組みでパターン認識できないことを判断しなければならない ③リスクマネジメント(想想定外のトラブル等に対応する)——の3点に対応しなければなりません。社会人としての基礎を学んだ上でのことや、クリエイティビティーが必要とされる業界や職種に関してではありますが、20代後半になっても、与えられた仕事(定型業務)をこなすだけでは、マネジメントする側に回る時の素養が身につきません。
私の教え子で大手広告代理店に入社したA君は、当初、地方支社に配属されました。東京の華やかな舞台で活躍する同期に焦りを感じたこともあるようですが、支社長の「かばん持ち」として上に立つ人間の一挙手一投足を、仕事を通じて学び、支社の小さい所帯にあって業務の全体を見通す知見を得ました。早いうちに部下を持つことも人の動かし方、コミュニケーションの術を学ぶ機会にもなりました。その後、着実に実績を積んだ彼は、後年、会社が新規事業の子会社を設立する際、社内公募に合格して同社の社長を30代前半で任されるまでになりました。また別の教え子は中小企業でプロジェクトのマネジャー経験を積んで大手企業に転職。転職先の生え抜きの同世代よりも早く役員に抜擢されるという「バイパス型キャリアアップ」を果たしました。
同世代の多くが人気のある大手企業に目を向けている中、綿密な企業分析・情報分析を行って、あえて逆張りで、有望な中小ベンチャー企業に飛び込み、将来を見据えたキャリアアップをする選択肢もあっていいのではないでしょうか。イノベーションは、型破り、非定型の発想から生まれるのだと思います。
(東大・慶応大教授、文部科学大臣補佐官)