江戸瓦版的落語案内 松曳き(まつひき)
落語の中には、粗忽、ぼんやり、知ったかぶりなどどうしようもないけど、魅力的な人物が多数登場。そんなバカバカしくも、粋でいなせな落語の世界へご案内。「ネタあらすじ編」では、有名な古典落語のあらすじを紹介。文中、現代では使わない言葉や単語がある場合は、用語の解説も。
さる藩に大変そそっかしい殿様と、それに輪をかけて粗忽な家老の三太夫がいた。ある日殿様が三太夫を呼び「先代が植えた庭の築山の赤松が成長して月を見るときに邪魔になって仕方がない。これを泉水の脇に曳きたいと思うのじゃがどう思う?」と尋ねた。三太夫は「恐れながら申し上げますが、あの松は先代が大変大切にされていた秘蔵の松にございます。あれを曳きまして、もし枯れるようなことがございましたら、ご先祖様を枯らすようなものではないかと心得ます」と返答。そうはいっても、枯れるか枯れないかは、曳いてみないと分からない。
そこで植木屋を読んでたずねることに。そこで呼ばれたのが植木屋の八五郎。「そなたが八五郎であるか? 実は他でもない、その築山にある赤松であるが、先代秘蔵の松ゆえ、それを泉水の脇に曳きたいと思うのじゃが、そうしたら枯れてしまうだろうか。鑑定せよ」というと三太夫が「これ、八五郎返答致せ。言葉を慇懃に申し上げるのだぞ」「インゲン豆?」「そうではない。丁寧な言葉を使うのだ」「どうやって」「頭には“お”、終わりには“たてまつる”をつけるのだ」。すると八五郎「恐れながらもお申したてまつりますると、お築山のお松さまをお泉水のお脇にお曳きたてまつりますれば、お枯れにおならないとたてまつります」とちんぷんかんぷん。それでも何とか枯れないということが分かった殿様はたいそう喜び、職人たちも呼び無礼講で酒をふるまった。
庭で酒宴が始まり、殿様も一緒になって飲んでいると三太夫に急な迎えが来て、国もとから書面が届いているという。早速読んでみると「国表においてお殿様の姉上様がご死去あそばし…」と書いている。驚いて殿様の所に戻って報告した。「何と…姉上様が…。知らぬこととはいえ、酒宴などをしてすまなかったな…。ところで三太夫、姉上はいつ死去したのであるか」そう聞かれて、詳しく読んでみると「国表においてご貴殿の姉上様が」とあるではないか。そう、死んだのは殿様ではなく、三太夫の姉であった。それを殿に言うと「間違えだったと? けしからん。いくら粗忽者とはいえ、武士がさようなことを取り違えていいと思うか。切腹を申し付ける!」「ははー。ありがたき幸せ」。三太夫が肩衣を脱ぎ、小刀を抜いて腹に突き刺そうとした時、「まてまて、三太夫。切腹には及ばん。よく考えてみたら、余に姉はなかった」