江戸瓦版的落語案内 時そば(ときそば)
落語の中には、粗忽、ぼんやり、知ったかぶりなどどうしようもないけど、魅力的な人物が多数登場。そんなバカバカしくも、粋でいなせな落語の世界へご案内。「ネタあらすじ編」では、有名な古典落語のあらすじを紹介。文中、現代では使わない言葉や単語がある場合は、用語の解説も。
担ぎ荷で町々を歩く夜鷹そばがに小腹をすかせた男が一人、飛び込んできた。
「ふー、今日は寒いね。何ができる? 花巻にしっぽく? じゃしっぽくをひとつ頼む」。「今夜はたいへんお寒うございますね」「どうでえ商売は?」「さっぱりでございます」「まあ、商いっていうぐらいだから、飽きずにやんなきゃいけねえ」とずいぶん調子がいい。そうこうしているうちにそばが出てきた。「おや、お前の所はずいぶん早く出てくるね。こちとら江戸っ子で気が短いから、こう早いと気分がいいよ。それにこの箸。ちゃんと割り箸を使っているのが偉い! 清潔で気分がいい。それに、この器も…」と出汁の香りからそばの太さ、揚げ句にちくわの厚さまでよいしょのオンパレード。食べ終わると「いやー、うまかった。もう一杯お代わりといいたいところだが、実はここに来る前に脇でまずいそばを食っちまったんだ。また見かけたら食うぜ」「よござんす。ありがとうございました」「いくらだい」「十六文にございます」「ちょっと細かいんだけど、手を出しておくんな。ほら、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ…今、何時だい?」「へい、九つでござい」「十、十一、十二…」と小銭を払うとスーッと帰っていった。これを脇で見ていたい男。「なんだい、歯の浮くような世辞を言いやがって。大体、そばは十六文って相場は決まってるんだ。それをわざわざ聞いて、じゃらじゃらと小銭を。一つ、二つ…って。おまけに変な所で時を聞くし…。ってあれ? あのやろう、勘定をごまかしやがった」。
これを真似してみたくなった男。翌日、小銭を用意し、夜鷹そば屋に飛び込んだ。「ふー、今日は寒いね」「今日は幾分暖かいかと」「そうか。そういや、どうでい?商売は」「ぼちぼちでございます。商いというぐらいですから、飽きずにやっていこうと」「そ、そうかい。全部言っちまう」「ところでそばがずいぶん早く…出てこないね。今から湯を沸かす?」。
やっとそばが出てきたと思ったら、箸は割れ、どんぶりはふちが欠けていて、おまけに出汁は香りがしないほど湯で薄まっている。麺はうどんより太く、竹輪は向こうが透けて見えるほど。前日とまるっきり勝手が違うことに戸惑いつつ、「じゃ、いいや。勘定して。ちょっと細かくなるから、手を出して」と、いよいよクライマックス。「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ…今、何時だい?」「へい、四つで」「五つ、六つ、七つ、八つ…」。