黒木華 2017年2月、舞台『お勢登場』でタイトルロールのお勢を演じる

黒木華の2016年は大河ドラマ『真田丸』への出演をはじめ、映画、舞台、ドラマとジャンルを問わず話題作への出演が続いた。女優としてひとまわりもふたまわりも成長した黒木の2017年は自らがタイトルロールのお勢を演じる舞台『お勢登場』で始まる。

撮影・蔦野裕 ヘアメイク/新井克英(e.a.t...)

お勢は“悪女”という一言ではくくれない、後ろめたさの
色気がある女性。彼女の中にある“何か”がすごく気になる

 黒木は今年、テレビドラマ『重版出来!』で初主演を務め、映画も『リップヴァンウィンクルの花嫁』をはじめ、出演作の公開が続いた。そしてこの秋には舞台『るつぼ』に出演。物語の大きなキーパーソンとなるアビゲイル・ウィリアムズという女性を演じ、改めて黒木の舞台女優としての凄みを見せてくれた。このインタビューは『るつぼ』の全日程が終わってすぐのタイミングで行った。

「稽古から含めると2カ月くらい『るつぼ』に没頭していました。稽古期間は意外に短くて、もっとやりたかったなって思ったくらいだったんですが、始まってからが長かったですね」

 このアビゲイル役はかなり癖のある、見ている側にもずっしりとした重さを感じさせる役だった。こういう役をやった後って、すぐに切り替えられるもの?

「私は普通に切り替えることができます」
 では今はお勢モード?

「今は…まだお休みモードです(笑)」

『るつぼ』は演出がジョナサン・マンビィ。外国人演出家は初めてだったが、戸惑いみたいなものは?

「いえ、すごく楽しかったです。私は英語をまだ勉強中なので、微妙なニュアンスが伝わっているかどうかは分からないんですが、時田曜子さんという素晴らしい通訳の方がいらっしゃったので、そのお陰ですごく楽しかったです」

 今まで一緒に作品を作った日本人演出家とは違った手法やアプローチがあった?

「まず座学がありました。17世紀の魔女裁判を題材にしたお話だったんですが、キリスト教徒とかピューリタンとかその時代のことは、今の私たちとは遠いところにあるものなので、そういうことをちゃんと時間を設けてみんなで勉強しました。ディスカッションもしたんですが、そういう時間を設けるというのは初めてでしたので、とても役に立ちました。あと個々の役者それぞれを盛り上げてくれる演出でした」

 そして『お勢登場』。まだ稽古前ということで、脚本を読んでの作品の印象を。

「面白い!と思いました。江戸川乱歩の耽美な感じや妖しさ、ひきつけられる文章なんかがすごく好きだったんですが、その短編集がこんなにうまくというか、こんなにひきつけられる一編の作品になっているということと、それが舞台になる時にどういうふうに立ち上がってくるんだろうって考えると、すごく稽古が楽しみなんです。お話自体もひとりひとりの会話の中に人間性や、その人のなんともいえない妖しさが香り立ってくる感じがあって、すごく引き込まれるものになっている。原作の江戸川乱歩の本があるとはいえ、倉持さんの脚本はやっぱりすごいなって思いながら読んでいます」

 本作は乱歩の『お勢登場』ら8本の短編をモチーフとしたもの。

 倉持の作品は見たことがあるが、今回まで接点はなかったという。

「舞台を見に行った時にご挨拶させていただいたことはあったんですが、まだそんなにちゃんとお話ししたことはないんです。だからまだこの作品のことも、倉持さんがインタビューを受けている時に横で聞いていたくらい」

 では倉持作品にはどんな印象を?

「(倉持主宰の劇団)ペンギンプルペイルパイルズの作品とか鎌塚氏シリーズはよく見ています。今年の『家族の基礎』も見させていただきました。倉持さんの作品は人と人との関わりの描き方がすごく面白いという印象。会話が面白くて、知らないうちに聞いちゃうというか、どんどん引き込まれる感じです」

 最近の倉持作品はコメディーのイメージが強いが、今回はシリアスっぽい作品になりそう。
「さすがにコメディーにはならないとは思うんですが、どういうふうになるんだろうなって思っています。ただシリアスなだけではないだろうし。見る人がどういうような心持ちで見る舞台になるんだろうと考えると、それも楽しみですね」

 人によって注目するポイントが変わるだけでいろいろな顔を持つ作品?

「そうですね。いろいろな面があるんじゃないかと思います」

 乱歩はお勢を描くにあたって「悪女」というつもりで描いているようだ。いずれは名探偵・明智小五郎のライバルとして登場させようと構想していたという。 ただお勢には単なる「悪女」ではないなにかがある。また、人によって悪女観はずいぶん違う。今の段階ではお勢にはどんなイメージを持っている?

「実は私もそんなに悪女というイメージはないんです。悪い女であることは確かなんですけど、その悪さが、不義を働いているからなのか、夫が中にいることを分かっていながら長持のふたを閉めてしまった悪さなのか…。ただ悪女という一言でくくれる人ではないんじゃないかと思います。悪女というと、例えば、男の人を手玉に取っているようなイメージがありますが、お勢の場合はそういうものではなく、後ろめたさの色気がある女の人じゃないかなと思います。小説の中でも悪いことをするときに一瞬戸惑ったり、いつまでも閉じ込められた夫がツメで長持をひっかく音から逃げようとする。悪い部分はきっとあるけれど、その罪悪感を上から覆うだけの悪さというか、彼女の中には他にも何かがあって、その何かがすごく気になる女の人なんです」

 でもそれを表現するのはすごく難しい。

「難しいですよね(笑)。だからすごく分かりやすい悪女のほうが形容しやすい。『るつぼ』のアビゲイルの時も、やっぱり悪女って表現されました。私は自分がアビゲイルを演じているので、“ただ悪女なだけじゃないんだけどな”というように思っていました。お勢にもそういう感覚はあると思います」

 悪女だとしてもアビゲイルの悪女感とお勢の悪女感はちょっと違いそう。

「はい。何か違うと思うんです。アビゲイル自体はカリスマ性を持った女の子という設定ではあるんですけど、演出家が言っていたのは、女子の中のマウント的なモノ。みんな多分それぞれは仲が良くて、アビゲイルはその中の先頭に立っているだけ。面白がってアビゲイルについていったんだけど、うそをついたと告白したら、自分が処刑されてしまうわけだから、恐怖心からみんなついていくしかないと思っている。アビゲイル自身も、もう後には引けないから進むしかないという状況だったんですよね。それは周りの大人たちが助長させていったから引くに引けなくなってしまったところもあります」

 となるとなおさら悪女という感じじゃない。

「でも、それに代わる言葉がないので、“悪女”というと分かりやすいし、多分面白い表現になるのだと思います。悪女というカテゴリの中で更に、どの引き出しに収まるのか、細分化されるものだから難しいとは思います」

 では黒木本人はどんな悪女観とか悪女像を持っているのか。

「男性を手玉に取り、女性の中でも上位にいて、自分の目的のためなら何をもいとわない、みたいな欲望に素直な感じで、そこに躊躇がない人が悪女なんじゃないかと思います。よく分からないんですが、なんかそんな感じかな(笑)」

 倉持と話してみて、悪女観が違うと、ディスカッションの種になるかも。

「そうですね。“ヒントください”って感じですよね。でもそれも面白いかも。私は、人からもらうもの、吸収させてもらうことがすごく多いので、倉持さんの中の悪女がどういうものなのかをお話しするのがとても楽しみなんです」

撮影・蔦野裕 ヘアメイク/新井克英(e.a.t...)

 今回も座学をやってもらって、みんなに悪女観を聞くのも面白そう。とんでもない話が飛び出しそうな個性的な面々でもあるし。

「(笑)千葉(雅子)さんとは『重版出来!』でご一緒させていただいたんですけど、舞台でご一緒させていただくのは皆さん初めてなんですよね」

 濃い面子の共演者が揃った。

「そうですね。すごくうれしいです」

 これまで野田秀樹、蜷川幸雄、栗山民也といったそうそうたる演出家の舞台に立ってきた黒木。稽古場は演出家のたたずまいで空気が全然変わってくる。

「変な緊張はいらないと思いますけど、ぼーっとしているよりは、みんなが真剣に、ちょうど良い緊張感のある現場のほうが好きです」

 とはいっても昨今の活躍ぶりから、科せられるハードルは作品ごとに高くなっているのでは?

「(笑)そうですね。稽古も本番もやっている間はそれに集中できるので、うまくやろうとか、お客さんに来てもらわなきゃ、ということはあまり考えない。だからそういうプレッシャーはないかもしれないです。注目してくださっているということはすごくうれしいんですけど、取材をしていただいている時とか、誰かに会ったときに “最近すごいね”とか言われた時に“あ、そういうふうに見てくださっているんだな”って気づかされるんです。昔から自分は頑張らなければいけないと思ってやっているし、やっていることは変わっていないんです。ただ年を取ったり、経験をさせていただいたりで、やれることが少しずつ増えていっているし、増やさないといけない。だからみなさんが期待してくださる分、頑張らないといけないなって、そういうときに改めて思います」

 今年は『重版出来!』、『真田丸』とテレビでも大きな仕事をこなしてきた。舞台と映像の時でスイッチが変わったりすることは?

「基本的には変わらないのですが、やっぱり映像のほうが緊張します。舞台は1カ月みんなで稽古しているので、絶対お客さんに見せられるもの、払っていただいている金額以上のものにはなっているはずなんです。それは私自身も頑張りますが、みんなの力があってのこと。今回だと倉持さんや他の演者さんに助けてもらって稽古ができるから、すごく安心できる。でも映像の場合、何回かリハーサルはありますが、現場に行くまでは、全部自分で考えていかないといけない。その時にできたものがずっと残るものなので、それが怖いなとはいつも思っています」

 映像のほうが撮り直しができるからいいかと思っていたが逆。

「そうなんです。残りますから。撮り直しをしていただけるときはラッキーなんですけど、ドラマなんかだとどんどん進んでいかないといけない。舞台だったら、“昨日はこれができなかったから、明日はこうしよう”と、どんどんどんどん良くしていけるんです」

 好き嫌いとかではなく、舞台のほうがしっくりくる感じ?

「役者としてのお仕事の始まりが野田さんの舞台だったので、そういう気持ちは結構あります。舞台だけとは思ってはいないですし、いろいろなものをやりたいですが、でもやっぱり舞台は落ち着きますね。それに一番素直に楽しいと思える、のかもしれないです。舞台は高校演劇から触れてきたものだから、そういう意味で慣れ親しんでいるところもあると思います」

 本紙の発行の時点では出演した映画『永い言い訳』と『海賊とよばれた男』が公開中。来年公開予定の映画も控えているが、舞台は今のところ発表されているのは『お勢登場』だけなので、見逃し厳禁の一本だ。 (THL・本吉英人)

撮影・広川泰士
『お勢登場』

【日時】2017年2月10日(金)~26日(日)(開演は火14時、水金19時、木14時/19時、土13時/18時、日13時。月曜休演。開場は開演30分前。当日券あり)
【会場】シアタートラム(三軒茶屋)
【料金】全席指定 一般 6800円/高校生以下 3400円(世田谷パブリックシアターチケットセンター店頭&電話予約のみ取扱い、年齢確認できるものを要提示)/U24 3400円( http://setagaya-pt.jp/tickets/howtobuy/u24.htmlhttp://setagaya-pt.jp/tickets/howtobuy/u24.html 参照)
【問い合わせ】世田谷パブリックシアターチケットセンター(TEL:03-5432-1515 [HP] https://setagaya-pt.jp/https://setagaya-pt.jp/ )
【原作】江戸川乱歩
【作・演出】倉持裕
【出演】黒木華、片桐はいり、水田航生、川口覚、粕谷吉洋、千葉雅子、寺十吾、梶原善