江戸瓦版的落語案内 垂乳根(たらちね)
落語の中には、粗忽、ぼんやり、知ったかぶりなどどうしようもないけど、魅力的な人物が多数登場。そんなバカバカしくも、粋でいなせな落語の世界へご案内。「ネタあらすじ編」では、有名な古典落語のあらすじを紹介。文中、現代では使わない言葉や単語がある場合は、用語の解説も。
長屋でただ一人の独り者、八っつあんこと八五郎。ある日大家さんに呼ばれて、店賃の催促かと思い戦々恐々行ってみると、これがなんと縁談話。相手の年齢はニ十歳で器量よし、近所の医者の姪で、夏冬の着物も持参するという。独り身の八五郎にはもったいない話。
しかし、いかんせん話がうますぎて、何か傷があるのではと疑い大家に問いただすと「ない…わけではない」。漢学者の父親に育てられ、本人も武家奉公をしていたので、言葉遣いがバカ丁寧だという。先日も大家がその娘に道で会ったので挨拶すると「今朝は土風激しゅうして、小砂眼入し歩行為り難し」、つまり、風が激しく小石が目に入ったと言われて仰天したとか。それを聞いた八五郎、言葉が丁寧過ぎるぐらいはどうってことないと、その娘を嫁にもらうことにした。早速祝言となり、あらためて2人きりになったところで、大家さんからまだ名前を聞いていないことを思い出した。
「ところで俺はお前さんをなんて呼べばいいのかな」と聞くと娘は「自らことの姓名は、父は元京都の産にして姓は安藤名は慶三あざなを五光と申せしが、我が母千代女と申せしが、三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴の夢を見て、わらわをはらめるがゆえに、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女と申せしがそれは幼名、成長の後、これを改め清女と申しはべるなぁり」と何を言っているのさっぱり分からない。
翌朝、夫より先に起きて朝食の用意を始めた娘、「あ?ら、我が君、あ?ら、我が君」と騒々しい。「我が君って俺の事かい? 仲間にからかわれるから、やめてくんねえ」と言いつつ用事を聞くと「シラゲのありかはどこか」と言う。シラゲ?とよくよく説明を聞くとどうやら米のことらしい。そんなこんなで四苦八苦して会話をしていると、外からネギ売りの声が。みそ汁の具を探していた娘はそれを中から呼び止め「これこれ、門前に市をなす商人、一文字草を朝げのため買い求めるゆえ、門の敷居に控えておれ」これにはネギ屋も思わず「は、はぁー」と平伏。そんなこんなでやっと朝食の支度が整った。「あ?ら、我が君。日も東天に出御ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯明を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るびょう存じはべる。恐惶謹言」「飯を食うのが恐惶謹言なら、酒ならよって(=酔って)件の如しだ」