【インタビュー】野村訓市が語るウェス・アンダーソンから日本への贈り物
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン監督が、架空の日本を舞台に描くストップモーションアニメが誕生! 本作の原案からキャスティング、声優の録音まで(!)に携わった本作のキーマン野村訓市を直撃。アンダーソン作品ならではのチャーミングさと、イマジネーション豊かに描かれるジャパンテイストが生み出す、新たなアンダーソンワールドの舞台裏を聞いた。
「みんなでご飯を食べるときはもう親戚の集まりみたいな感じです(笑)」と野村訓市は“アンダーソン組”との関係を語る。
「ウェス、ビル・マーレイ、ジェイソン・シュワルツマンと僕の4人はお互いに長い付き合いなので。作品を作っている間は皆がそろうと必ず一緒に夕飯を食べていましたね。夕食後は行きたい人で飲みに行くんですけど、ウェスはたまに参加しても午前2時くらいで帰ってしまい大抵ビルと僕が明け方まで飲んでいます。で、翌日ウェスに“また朝まで飲んでたの?”と聞かれる、という(笑)。面白かったのが、去年の10月ごろロンドンで最後の作業をしていたとき、ウェスがプレゼントをしてやると言うんです。何かくれるのかなと思っていたら最終日の夕飯にゲストを呼んだ、と。何とテリー・ギリアムでした。僕ら4人が矢継ぎ早にテリーに質問するんだけど、一つひとつの答えがまた面白くて。帰り道、皆が目をキラキラさせながら、テリー面白かったね、テリーのここがスゴイよねなんて、ずっと話ながら歩いてホテルまで帰りました。こいつら心底、映画少年だな、と(笑)」
犬インフルエンザが大流行するメガ崎市ですべての犬は島に隔離されることに。愛犬スポッツを探す少年アタリは単身、島に乗り込みそこで出会った犬たちとスポッツを探すのだが…。チャーミングな冒険物語が、アンダーソン流の独特なユーモアとともに見たことの無い架空の日本で繰り広げられる。このユニークな作品はいかにして生まれたのか。
「最初はウェスとジェイソン(シュワルツマン)の話の中で、ゴミ捨て場に犬がいるというアイデアから話が作れないかというところから始まったそうです。なぜそんなところに犬がいるのか、どこから来たのか、どうやって集団になったのか、その面々はどんな過去を持っているか…そんなふうに、一つのイメージから湧いてくる疑問を次々と膨らませて話を作っていったらしいんですが、あるとき話が詰まってしまった。そのとき日本を舞台にするというアイデアが浮かび、どんどん話が進んでいったんだそうです。これは行けるぞとなったときにウェスから僕に、日本の映画を作るから手伝ってくれと連絡が来たんです。一行のメールで(笑)。ウェスのメールが短いのはいつものことなんですけど、どういう状況なのかどんな作品を作るのか、どんな役割をしてほしいのかさっぱり分かりませんから、嫌な予感はしていたんですが…いいよと返事したのが運の尽きでしたね(笑)。気づいたら3年が経ち、その間に僕のやることがかなり増えていました。眠れない夜も数過ごしました。というのも、最初はウェスがNYにいて、他のチームはパリにいて、制作はロンドンですし、その後、配給についた20世紀フォックスはLAにあり、フォックスの社長は常に世界中飛び回っていて…もう電話会議の時間はメチャクチャ。結局、折れなきゃいけないのは僕なわけです。今日の会議は深夜3時か…って(笑)」
野村に託された仕事は多岐にわたった。原案への参加、キャスティング、声優、果ては録音まで!
「脚本の第1稿が上がってきてセリフを半分日本語にするというので、日本語の部分を書きました。すると日本語のセリフにどれくらいの時間がかかるか知りたいというので、まず僕が全日本人キャラを仮でアフレコしました。すると、お前の声が一番、悪い感じがして小林市長役にぴったりだからこのまま使うと。僕はろくに演技もしたことないし、そもそも君たち日本語演技の良し悪しも分からないでしょと思ったんだけど、聞けば分かる、イメージ通りだと言うので、小林市長役もやることになりました。そうこうしているうちに、他の日本人キャストの声もそろえてくれと。それなら、ウェスと僕らのように和気あいあいと一緒にご飯を食べることができる日本人キャストチームを作ろう、と思ったんです」
結果、野田洋次郎や渡辺謙、夏木マリ、村上虹郎といった顔ぶれがビル・マーレイやエドワード・ノートン、フランシス・マクドーマンドやスカーレット・ヨハンソンらと“共演”を果たすことになった。
「皆ウェスとは会ったことも無いし、本国が秘密主義なので脚本どころか担当するセリフの前後すら伝えられない。どんな人物を演じているのかも定かでない。それを僕が、もう少し早口でとかサポートしつつ録音したんです、iPhoneで(笑)」
そんな状況でもハリウッドと日本のキャストたちは完全にアンダーソンワールドに入り込み、その独特なセンスを見事に体現している。
「ウェスの映画に参加する人で、その全体像を見えている人は誰もいないとハリウッドの人もよく言いますね。パズルのピースになったような感覚とでもいうのか。自分がどのピースなのか何の絵なのかさっぱり分からないんですが、完成したときにピースの一つとして大きな絵の一部になった喜びを感じるんです。ちょっとマゾ的な喜びですけど(笑)。皆ウェスのあやつり人形みたいなものですね。あの人の頭の中には明確で完璧なイメージが出来上がっているので、話が急に変わったり撮影が延びるということも無い。監督によっていろいろあると思いますが、ジャズとクラシックの違いみたいなものでしょうか。それぞれが個性をぶつけ合い言い争ったり高め合ったりする現場もあるけど、ウェスの場合はすごく細かい指揮者とオーケストラ。パートを別々に演奏したあと全体的に聞くと自分が素晴らしい演奏の一部になっていた、という感じですね。ウェスは常々、日本で映画を撮りたいと言っていました。僕はそれが実写だといいなと思っていたんですが、こうして出来上がってみると確かにこの作品は、完全にコントロールできるアニメのほうが向いていたと思いました。ただやっぱりウェスが撮る実写の日本も見てみたいですけどね」
本作と日本のクリエイターとのコラボも話題。
「ウェスが漫画化もしたいというのでどんな感じがいいのと聞いたら、もともとある漫画を映画化したという感じが面白い、SEINENSHIみたいな感じがいい、と。ローマ字でそう書いてあったんで一瞬、何のことかと思いましたが、少年誌じゃなくて青年誌ね、と(笑)。あと大友克洋さんにポスターを書いてもらったら面白いだろうなと思い僕がご自宅まで行って口説きました」
多くの役割を担うなか、苦労したこととは。
「一つは、ウェスのオフビートな面白さを損なうことなく、どう日本語にしていくかという点。ウェスの映画はいろいろな見かたで楽しむことができると思うんです。分かりやすいところだと映像がヤバいとかセットがスゴイとか。ニッチなところだとサントラがマニアックで面白いとか。でも何より、オフビートな面白さがあるじゃないですか。集団が出てきて繰り返し同じようなセリフを言ったり、固い言い回しを省略しないですごいスピードで言い切ったり。そんな面白さを、どう日本語に当てはめていくのかという点は難しかったですね。とくに字幕だと、どうしても文字数に制約がある。でも短くしたことで、意味は通じたとしてもあのオフビートなリズム感が失われるのは嫌だった。なので、それを生かすのに苦労しました。
それともう1点、ウェスが細かく考証して描きたい日本と、一度しか来日したことのないウェスが自分なりにイマジネーションを膨らませた日本。その2つを、いかにバランスをとりつつ生かしていくか。ウェスからは、60年代のエレベーターガールの衣装を探してほしいと頼まれることもあれば、この描写は日本の人から見て大げさすぎるだろうか、ということまで聞かれました。僕の答え如何によっては映画が変わってしまうかもしれないわけです。すごく責任重大で正直、嫌でしたね(笑)。でもこれはドキュメンタリーではありませんし、そもそも架空の日本が舞台で、時代も60年代風の未来という想定です。極力ブレない物差しの役割を務めながらも僕自身、一ファンとしてウェスがイマジネーションを膨らませてどう日本を描くのか、楽しみでした」
日本を題材にする海外のクリエイターを見守るのは初めてではない。
「『ロスト・イン・トランスレーション』で仕事をしたことが良い経験になったと思います。当初、ソフィア(コッポラ)から、渋谷の交差点やカラオケボックス、パチンコで撮りたいといったリクエストが来たとき、東京生まれの僕としてはあまりにも日常過ぎてベタに思えたんですよね。当時は渋谷の交差点でセルフィーをとる人なんていませんでしたから。そんなベタな東京でいいのかなと思ったんですが、自分たちにはベタにしか見えないものでも映画として見ると違って見えることに気づいたんです。逆に、自分たちが海外に行ったときにちょっと面白いと思うことがあるじゃないですか。なんでそう表現がオーバーなんだとか、なんで何もかもがデカいんだとか。そういうユニバーサルな感覚を共有できるのって面白いですよね」
海外の表現者たちは日本という要素のどこに引かれているのだろう。
「政府が立ち上げたクールジャパンの現状について評価が分かれていますけど、そもそもクールジャパンとは別に政府が税金でクリエイターに何か作らせて“はい、これがクールジャパンです”と見せる、そんなものではないと僕は思うんです。日本に興味を持っていたり、実際に日本にやってくる海外の人がクールだと感じるものがクールジャパンなのではないでしょうか。ソフィアやウェスのような映画監督が日本を題材に作品を作っているのだから、彼らが日本や東京のどこに刺激を受けたのか、その作品を参考にしてみてもいいと思う。彼らがクールだと思ったものはおそらく、きれいなビルが並ぶ再開発地区ではなく、新しいものと古いものが混在したり、いろんな看板が無造作にひしめいている道にゴミが一つも落ちてなかったりする“きれいなカオス”の部分じゃないかなと思います」
この映画はウェス・アンダーソンが作った“日本映画”だ、と野村。
「舞台は日本で登場人物も日本人だから彼らのセリフはもちろん日本語。現実には犬と人間は言葉でコミュニケーションをとることができないわけで、それを表現するのに別々の言語を話すというアイデアはすごく面白いと思いました。だから、基本的に他の国での吹き替え版では犬は現地の言葉に吹き替えられます。犬たちはフランスではフランス語、イタリアではイタリア語になりますが、日本人のセリフは日本人キャストが話す日本語のままです。つまり、この映画の全体を理解できるのは、世界では唯一、日本人だけなんです(笑)。ウェスからのちょっとした贈り物だと思っています」 (本紙・秋吉布由子)