【江戸瓦版的落語案内】中村仲蔵(なかむらなかぞう)
落語の中には、粗忽、ぼんやり、知ったかぶりなどどうしようもないけど、魅力的な人物が多数登場。そんなバカバカしくも、粋でいなせな落語の世界へご案内。「ネタあらすじ編」では、有名な古典落語のあらすじを紹介。文中、現代では使わない言葉や単語がある場合は、用語の解説も。
名門の血筋ではない歌舞伎役者の中村仲蔵。階級制度が厳しい江戸時代の歌舞伎界にあって、並外れた才能を武器に苦労の末、相中から真打にあたる名題(なだい)にまで昇進した。
しかし、それを面白く思わないものも多い。次の芝居『仮名手本忠臣蔵』で彼についた役は5段目の、斧定九郎のたった一役のみ。これは名題のやるような役ではない。しかし仲蔵、そこで腐るわけでもなく、なんとか新しい定九郎ができないかと考える。その試みが失敗したらその時。上方にでも行き、そこで芝居をすればいい。しかし妙案浮かばず、苦しい時のなんとやらで、柳島の妙見堂に日参し、画期的なこしらえが浮かぶように願掛けをした。満願の日、参詣の帰りに大雨に出くわし、法恩寺橋近くのそば屋で雨宿り。
そこに駆け込んできたのが、年のころ34、5の浪人風の武士。黒羽二重の紋付きに茶献上の帯。大小を落とし差しに尻はしょり、伸びた月代からは水がしたたり落ちるという有様。仲蔵は「これだ!」と、定九郎のイメージがひらめいた様子。早速家に帰ると浪人の身なりを手本に、衣装の支度に取り掛かった。さて、初日。いつもは赤塗りの定九郎が、今日は白塗りで登場。しかも出番直前に頭から水をかぶり、しぶきをあげ、水をしたたらせながら、花道をかけてくる。あまりの迫力と意外な演出に客席は拍手も掛け声も忘れ、ただただ見入っている。
場内の静けさに、自分の工夫が裏目に出てしまったと思った仲蔵。それでも最後は口から血紅を吐き舞台を降りた。舞台をしくじったと思った仲蔵は帰宅し、早々に旅支度をし、女房と水杯を交わし家を出た。道すがら人々が今日の芝居の感想を話している。恐る恐るその声に耳を傾けると「今日の定九郎はすごかったぜ」「たいした役者だよ、仲蔵は」「あれを見ないと江戸っ子とは言えないね」と口々に仲蔵の定九郎をほめている。
ほっとした仲蔵は、家に戻ることに。バツが悪いので裏口から入ると、師匠の中村傳九郎から呼びだしが。今日の勝手な演出について小言を言われるかと思いきや、師匠は仲蔵の工夫をほめ、涙ながらに素晴らしい役者になったことを喜んでくれた。これをきっかけにますます芸道精進した中村仲蔵。無名の役者から名優として後世に名を残したという。