社員研修として活かされるブラインドサッカー
「目をOFFにするからこそ、相手の心や配慮の気持ちが見えてくる」
視覚に障がいを持った選手がプレーできるように考案された、パラリンピックの正式種目・ブラインドサッカー。日本ブラインドサッカー協会は、誰でも参加できる取り組みを行っており、“健常者も障がい者も普通に混ざり合う社会を目指す”という理念を掲げて活動している。その一環として、競技のノウハウを社内研修として活かす体験型研修「OFF T!ME Biz」なるプログラムを行っていることをご存じだろうか? ブラインドサッカーを通じて人の心をより理解する。その背景を伺った――。
「ブラインドサッカーを知ってほしいという思いよりも 、コミュニケーション能力の向上や、配慮や優しさを学ぶためにブラインドサッカーの競技性を活かしたいという思いの方が強かったです。目が見えない中で学べること。その延長線上に、ブラインドサッカーの魅力も知ってもらえたらいいなって」
そう話すのは、日本ブラインドサッカー協会ダイバーシティ事業部の剣持雅俊事業部長。今から8年ほど前に、スポ育として小中学生向けに開始した体験型プログラムは、その後、「OFF T!ME」として一般個人向けに発展。今現在も精力的に活動し、性別、年齢、障がいの有無に関わらず、年間2万人が体験しているという。2017年度の企業研修型体験プログラム「OFF T!ME Biz」の研修導入実績は、ANAやマルイをはじめ100社というから驚きだ。
「本格的に「OFF T!ME Biz」の取り組みがスタートしたのは2014年。もともとスポ育としてノウハウを伝える際に、先生方や保護者の方に目をOFFにすることで発見できることや向上できることを言語化する必要がありました。感覚で魅力を伝えるのではなく、競技性を可視化させることで、教育の現場でも理解を得てきた背景があります。我々は競技が持つ魅力や要素を、アカデミックに分析することで、目が見えない中でどういった効果が現れるか提示しています。そこに興味を抱いてくださった企業の方がいたことで、今にいたります」(剣持氏、以下同)
ブラインドサッカーは、アイマスク(目かくし)をつけて行う5人制サッカーだ。フィールドプレヤーとなる視覚障がい者4名と、キーパーとなる晴眼者または弱視者1名が同じピッチ上でプレーし、転がると音が出る特殊なボールの音と、ゴールの位置や距離、角度などの状況を伝える相手ゴールの裏にいる“ガイド”、キーパー、監督や仲間の声を頼りにゴールを目指す。なんとなく競技性は理解していても、その実、どういった効果があるのか分からない人は多いのではないだろうか。
筆者も、個人体験プログラム「OFF T!ME」に参加したことがあるが、最初に行う準備体操の時点で、ブラインドという状況を痛感した一人だ。二人一組になり、コーチが行っている体操を、(どんな体操をしているのか見えない)アイマスクを装着している人に、していない人が口頭で伝えなければいけないのだが、これがなかなか伝わらない。屈伸など誰もがイメージできる運動なら伝えられるのだが、ちょっと複雑な体操になると、伝えている側と受け取る側のイメージが合わないためうまく伝わらない。
「なるべく分かりやすい言葉で端的に伝えること。“もう大丈夫だろう”とは思わず声をかけ続けることも大切です。良いプレーだったら、ナイスプレー!なんて声をかけると双方が楽しくなりますよね。基本的なことにも、そういった声掛けがあると関係性が向上していくんです」と、その時のコーチから言われた言葉に納得し、日常の些細なシーンで、あまり他者を気遣っていない自らを顧みてしばし反省したほどである。「大丈夫!」と一声かけられるよりも、「OK、そのまま大丈夫! そう! そのまま!そのまま!」とずっと声をかけ続けられた方が、はるかに安心感が高かった。
いかに状況を把握し、短い言葉で分かりやすく伝え続けることができるか……それがブラインドサッカーに求められる基礎的要素であり、他者とのコミュニケーションをする上でも欠かせないことだと、改めて気が付かされる。「OFF T!ME Biz」は、こういった要素をチームビルディングとして活かすプログラムというわけだ。
「企業研修では、ボールを使って激しく体を動かすようなことはしません。皆さん、スーツで参加されますし、会議室で行うことも少なくないです。動けるスペースがあれば、「OFF T!ME Biz」はどこでも可能。例えば、アイマスクをした状況で「〇秒以内に血液型4つに分かれてください」というお題を出します。身勝手に「A型の人、私のところに集まって!」と言っても、“船頭多くして船山に上る”状態になるだけです(笑)。誰が音頭を取るのかを決め、各血液型のリーダーとどういう距離感で並び、そして同じ血液型の人をどう見つけるのか。そういうことを短時間で決めていく。状況判断を考えつつ、心を一つにするためのトレーニングであれば、場所は関係ないんですね」
成果のために関係性を築くのではなく、
関係性を築けたから成果がある
ブラインドサッカーという競技が持つ特長を、「想像力」「個性発揮」「利他精神」「コミュニケーション」「俯瞰力」など8つの能力に分け、事前に個人の多様性適用力をアセスメントツールを利用して客観的に数値化する。その上で、実際に研修を行い、Aさんはもっと声を出して個性発揮力を伸ばすといいですよ、Bさんには少し利他精神が欠けているところがあるので意識していきましょう、という具合に分析し、チームビルディングとして何が必要か可視化していく。まさしく、目が見えない状況下だからこそ“見える”ものがあるのだ。
「新人研修などでは顕著ですが、自分たちの同僚がどういう人間性なのかすぐに分かるため、その後の関係性を考える上でとても参考になると仰ってくださいます。我々は皆さんが考えながらも、楽しみながら研修を行ってほしいので、肩肘張らずにできるプログラムを考えるようにしています」
お互いがどんな性格なのか把握できれば、企業側としても生産性向上が考えやすくなる。おまけに、楽しみながら研修を行うことができれば、団結力も生まれやすくなる。飲みニケーションなどと言われて久しいが、関係性が構築できていない者同士がお酒を飲んでも盛り上がらないのは当然だろう。職場ではなく、飲みの席から関係性を構築していくとは、冠履転倒もいいところだ。
「成果や数字を求めてスタートする関係性はどこかで無理が起こりますよね。まずは相手を知る。相手を知れば考え方に変化が生じ、行動も変わる。その先に、成果がある。我々がスポ育としてのブラインドサッカーを通じて伝えたいことは、お互いのことを知るために何が必要かということ。昨今、障がい者理解、ダイバーシティという言葉が取り上げられる機会が増えていますが、今、目の前にいる人や隣にいる人、自分にとって大事な人に対して何ができるかだと思います。それができなければ、その先にいるであろう障害を持っている人や、さまざまな事情を抱えている人に、何かができるとは思えないんですよね」
2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが開催される。実は、1964年東京オリンピックの際に初めて「パラリンピック」という名称が採用されている。東京は、第一回目の都市としてパラリンピックに臨み、2020年は同じ都市でパラリンピックが開催される“初のケース”となる。二度目のパラリンピック、その意味はとてつもなく大きい。
「健常者も障がい者も一緒になって盛り上がって良かったね、ではいけないと思います。かつて僕は人材派遣会社で働いていたのですが、企業の障がい者の雇用率などを考えれば、もっとやれることがあります。2020年を迎えるにあたって、一過性のトレンドではなく、継続的な取り組みを打ち出す企業の方々が増えることを願っています」
筆者が体験をした際にコーチをしてくれたブラインドサッカーの選手は、「障がいを持つ持たないにかかわらず、一緒に楽しんだり、考えたりできることがうれしい。私自身、ブラインドサッカーを始めてから積極的に輪の中に飛び込むようになれました」と語ってくれた。
積極的に輪の中に飛び込む――。少し勇気がいることかもしれないが、そういったことを体感できる場は増えている。さまざまな人が体験すれば、きっと社会の見通しも良くなるのではないかと思う。
(取材と文・我妻弘崇)