内谷正文監督が映画「まっ白の闇」で描いた薬物依存のリアルと壊れた家族の再生
日本芸術センター第9回映像グランプリを受賞した映画『まっ白の闇』が、11月3日(土)より、新宿 K’sシネマより順次公開される。同作品は、俳優の内谷正文が薬物依存症の実体験をもとに、13年に渡り全国200カ所以上で公演を続けてきた一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」を映画化したもの。薬物依存症の恐ろしさ、家族の苦悩を描きつつ、その先に見える光に向かっていこうと歩んでいく人々の強さが心に響く。映画の原作者で、監督・脚本も手掛けた内谷がこの作品にかける思いを語る。
多くの賛同者が集まり映画化が決定
「自分が薬の世界に戻らないためです」。何のために13年もの間薬物依存の体験劇を行っているのかを聞いた時、迷いなくそう答えた内谷。「もちろん、子どもたちに薬物や依存症の恐ろしさを知ってもらいたいというのがきっかけのひとつでもありましたが、やっているうちに、自分のためでもある事に気が付きました。映像化については最初から考えていましたが、10年くらい前からそれをやる意義がどんどん高まり、もっと多くの人に知ってもらいたいと強く思うようになった。それまでも映画化の話はありましたが、資金面などの関係もありなかなか実現までこぎつけられませんでした。しかし、今回共同監督をしている大島さんがクラウドファンディングを提案してくれて、2016年7月、映画化に向けてスタート。予定していた額を大きく上回るご支援をいただき、翌2017年1月から撮影に入りました」
自分の過去をさらけ出しても伝えたい事
「一人体験劇を始めたきっかけは自分が薬物をやってしまった事で、弟を巻き込んでしまったこと。本人はもちろん、家族や周りの人間が非常に苦しんだ経験から、それを伝えなければと。そういうある種自分をさらけ出すことに関してはまったく躊躇はありませんでした。むしろ楽に生きられるようになったかも知れない。薬物依存症だった弟は同じ境遇の人が共同生活を送る施設(ダルク)に入って回復し、今は僕ら家族と離れたところで暮らしています。仕事もして、結婚もして、子どももいて、家も買って。しかし、施設に入った人の中で、そんなふうに普通の生活に戻って薬物をやめ続けることができる人は、実は100人に1人ぐらいしかいないんです。施設の中で20年、30年と薬物をやらなかった人間が、施設を出たら薬に手を出してしまうということは多い。薬物依存症というのは病気ですから。それでも弟のように後戻りせず「回復する光」もあるということを、依存症で苦しんでいる方やその家族の方に知っていただければという思いがあります」
薬物だけではない依存症という病気
「薬物依存症というと覚せい剤などを思い浮かべる方も多いと思いますが、実は今若い人の間で多いのが、処方薬や市販薬の依存症なんです。逆に違法薬物は減る傾向にありますが、普通の人でも簡単に手に入る薬物は非常に増えている。子どもは心の闇から逃れるために、そういうものに手を出してしまうけど、悪いのはそれを売る大人。結局は大人が金儲けのために、売っているのが現実です。そこが一番問題だと思います。ほかにもアルコール、セックス、買い物、スマホ、ゲームなど多くの依存症がありますが、僕は突き詰めていけばすべて人間関係、特に親子・家族関係が根本にあると思います。例えばスマホ依存症だったら、スマホがなければ生きていけない環境に子どもがどっぷりつかっている事に気が付かない。小さい頃からそんな世界にいたら、スマホに依存してしまうのは当たり前。結局人がいるのに、人と関われないんです。人を良くするも悪くするも人です」
共依存という問題
「共依存はすごく定義が難しいんですけど、多くの場合、親、特に母親は子どもの依存症の問題を自分の問題にしてしまうんですね。親である私の責任というふうに。その考え方が、共依存につながっていく。ですから、あの子を殺して私も死ぬっていうお母さんはいっぱいいます。これまで多くの薬物依存症の人の家族を見てきましたが、家族の中で一番苦しんでいるのは母親かも知れません。父親は逆に“お前の育て方が悪かった”と母親に責任をなすりつけるケースもあります。そうするとますます母親は孤立して、自分と子どもだけの問題だと考えてしまうのです。家族会に来るのは9割が母親で、父親が1割弱、あとは兄弟や配偶者ですが、それはほとんどいません。そんなふうに自分の問題にしてしまう共依存関係を断ち切らなければ、子どもを薬物依存から立ち直らせる事はできません。もちろん例外もありますが、本当は突き放さなきゃいけないんです。“死のうが生きようが勝手、あなたの人生なんだから”という愛ある突き放しが必要な時もあるんです。でもそれを理解するのはものすごく大変な事で、理解できても母親が子どもをある意味捨てることは非常に困難です。それが共依存の問題をより深くしています」
薬物依存症の人が共同生活を送るダルクの役割
「ダルクでは同じ悩みを抱えているからこそ話せることがあります。最初は“俺はこいつらとは違う”と思うんですけど、そのうち“この人は自分と同じなんだ”という気づきがあるんです。そこから自分と同じ人の意見を聞いてみようとなり、それが回復のモデルになるわけです。ただ、そこで回復しても、その先の社会が受け入れない。そうするとまた薬物に依存してしまい戻ってくる。また、社会が受け入れてくれたとしても、アルコールなんかがきっかけでスリップしてしまい、戻ってくる場合も多い。いずれにしても、ダルクを出てからも完全に薬物から手を切るのは、そんなに簡単な事ではないんです。これまでダルクは、違法薬物をやった不良の通過点で、その人たちがモデルとなり助ける側に回っていた。しかし心の闇を抱えて、処方薬、市販薬を使った人にはそれが通用しない。前例もないですし、そういう人たちが生活保護をもらったままそこを動かず、一生をそこで過ごす。そんなケースが今後は多くなっていくと思います。それにどう対処していくかが、今後の課題になるのではないでしょうか」
俳優の魂の入った演技が作品をさらに光り輝かせた
「撮影の前に俳優と、薬物依存症の家族会のミーティングに参加しました。グループでやっているところに一人一人入って。俳優は自分と家族のことをさらけ出して話す体験者の話に心を動かされ、涙を流している人もいました。役作りをしなくていい、そのままの思いで演じてほしいと言いました。それがこの映画の熱量になったような気がします。ホームページにも掲載させていただいているのですが、大林宣彦監督からも長文のメッセージをいただき、あらためて出演してくれた俳優に感謝です。村田雄浩さんには、10年前から映画化の際は、茨城ダルクの代表・岩井さん役をやってほしいとお願いしていました。主演の百瀬をはじめ、村田さんと絡んで芝居をするとみんな変わってくるんです。僕が岩井さんに会った時に魅了されたように、俳優たちも村田さんの存在感に魅了されたんだと思います」
その道は困難だけど希望の光はある
「薬物依存症からの回復は“今日1日やらない”という毎日の積み重ね。それは困難であるけど、不可能ではない。積み重ねた毎日の先に、回復という希望の光があるという事が、この映画を通して多くの方に伝われば本望です」
『まっ白の闇』11月3日(土)から新宿K’sシネマ、11月10日(土)から吉祥寺COCOMARU THEATERにて公開
【作品紹介】
兄(昌)の影響で興味半分からマリファナを始めた弟(俊)。ある日、俊が大麻所持の現行犯で捕まってしまう。俊は留置場でキンタという男と知り合う。その後、あることがきっかけで覚せい剤に手を出してしまう。覚せい剤の虜となる俊は徐々に壊れてゆく。昌は薬物の世界に引き込んでしまったことを後悔しながら、何とかしなければと、必死に動き、苦悩するが、状況はドンドン悪くなっていく。ついに俊は幻覚、妄想の世界でしか生きられなくなり、家族もろとも真っ暗闇のどん底に突き落とされる。薬物地獄に落ちた家族の行く末にあったものは……薬物依存症の現実に迫る真実の物語。
監督:内谷正文 (共同監督:大島孝夫)
出演:百瀬朔/小澤亮太/トクナガクニハル/篠原あさみ/村田雄浩/横関健悟/樹麗/光藤依里/お宮の松/宇鉄菊三/森一弥/春木生/米本哲也/藤原啓児/工藤潤矢/兎本有紀/RICO/福間むつみ/高畑加寿子/三浦剛
【配給】『まっ白の闇』製作委員会