【徳井健太の菩薩目線】第52回 相談者の情報をばら撒く《占い師の老婆》の館で起きた事
番組関連とかではなく、私的に占いへ行った話を書こうと思う。
新宿区某所をぶらぶらと歩いていると、占いの館とその電話番号が目に飛び込んできた。前提として、俺は占いの類を一切信じていない。だけど、第34回「面白い人生をおくるには、≪Bad to Do リスト≫を作れ」で綴ったように、ときには俺がやる必要のないことをしてみることも一興だろう。そう思い、気が付くと、俺はその番号に電話をかけていた。
「ちょうど良かったわね。今なら大丈夫よ。アナタ……タイミングがいいわ。入ってきなさい」。
受話口から聞こえる主らしき声に従い、俺は館の扉を開けた。「手相5000円」、「人相5000円」とだけ書いてある入口を抜け、暗闇の中にどうやら主は居るらしかった。何の番組か分からなかったが、何かしらのFMラジオが流れていた。主は、80歳近い老婆だった。
「本当にアレね。アナタは導かれたんだわ」。
おもむろに話し始めた老婆は、俺に名前を記入するよう促した。少し、緊張感が漂っていただろうか。その緊張をほぐすためなのか、老婆はその後、延々と“いかに自分がすごいか”を自慢し始めたんだ。
驚いたのは、老婆がこの館を訪れたという人たちの名刺を、タロットカードのように卓上に広げ始め、「この名刺の名前、アナタも知っているでしょ。代議士の先生。人間関係に悩んで私に相談してきたの。具体的にどんな相談だったかっていうと……」という具合に、相談者の個人情報を垂れ流し始めたことだ。コンバーチブルよろしくルーフ全開で、これでもかというくらい颯爽と個人情報を流出させる老婆。もちろん、俺が何の相談をしたいか、なんて伝える空気は許されそうにない。
まったくピンと来ない名刺の名前を指さし、「有名でしょ? この人、お医者さんなのよ。こんな名医まで私のところに来るの。このときの悩みはね……」と、個人情報をばら撒き続ける。鳴りやまない、自慢話とFMのラジオ。おそらく、俺のことは知らないっぽい。が、「俺も同じことをされるんだ」と悟った。突然、
「3万円払ってくれたら、あなたの守護霊を浄化してあげるわ」
――「!?」。彼女の理論では、「守護霊は居てはいけない」らしい。安心して天国にいかせるべきだから、浄化した方がいい、と。だとしたら、たった片道3万円であの世に行けるものなのか。LCC並みに安いなと思った。個人情報の流出は続く。もう40分は経過している。
「この人はね、私が守護霊を浄化したら、派遣社員だったのに正社員になったのよ。そのお礼に、商品券を送ってくれたの」
関係ないだろうし、いろいろとショボくない、か。俺はいま、何の時間に付き合わされているんだろうと心の底から思った。繰り返しになるけど、俺の悩みについては一切、触れてこない。俺が結婚しているとか、芸人であるとか、そんなことはお構いなし。何も見えちゃいない。すると、「ちょっと手を見せて」。
何の前触れもなく、俺は手相を調べ始められたんだ。入口で見えた5000円が、頭をよぎったけど、老婆……といっても優しく言えばおばあちゃんだ。むげにするのもどうかと思って、そのまま流れに身を任せた。
俺の手を眺めて、「人柄が良いね~」と一言。俺の顔を覗き込み、「やさしい顔してる……」と付言。そして、
「OK、Google。ラジオ止めて――。お会計、11000円になります」
本当の話なんだ。ウソみたいだろ。老婆は、俺の顔を覗き込んだその一瞬で人相5000円を加算し、税込みで11000円を請求してきたんだ。俺は、そのときの老婆の真顔を、一生忘れない。中世の悪魔村に出てくる老婆のような顔。温かくもてなしてくれたのかと思いきや、スープをひと混ぜして、「お前を食うためだよ」的なあの顔。
もう二度と占いをすることもない。でも、これは俺が自分に課したBad to Do リスト だからして、自分でも驚くほどに素直に支払いに応じた。一つだけ後悔するとしたら、払った後に、「これでトラブルにならないんですか?」と取材をしておけばよかったなと思ったことくらい。ぼったくりかもしれない。でも、この異空間に掲げられた彼女の価格設定を、論破することは難しい。この老婆は、かつて賢母だったのもしれない。声を荒げて、断固拒否することもできただろう。でも、それが一体なんだというのだ。11000円で何を学んだのか、その答えが分かる日が……いつか来るのだろうか。
※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen