山本直樹「自己満足だとしても、チャンピオンになれるなら自分はどうなってもいい」


 成人し社会人となった弟が突然、格闘技に目覚めたことに対してはどんな反応が?

「兄貴からは“せっかく普通に仕事してるのに、やらんほうがいいんじゃない?”と言われましたね。“わざわざカラダを傷めるようなことせんでも”と。これは自分の身を案じてくれたというよりは、心配する親のことを気にかけた言葉だったように思います。実際、自分が親に話すと、超・喧嘩になって “出ていけ!”と言われてしまった。ただこの喧嘩を機に1年くらい広島で一人暮らしをすることになって、そのおかげでこっちに出てきてからも一人で暮らせていけているということを考えると “準備しておくようにと遠回しに伝えてくれていたんかなあ”と、振り返って感謝しています。本意は分かりませんけどね(笑)。そんな親も今は応援してくれていて、タイトルマッチも広島からわざわざ見にきてくれました。それから周りの人たちもみんな最初はびっくりしていましたけど、職場の同僚が“いつでも戻ってき!”と背中を押してくれたのはうれしかったです。だからといって、手に職があるとか、戻れる場所があるというような考えは全然なくて、とにかく“格闘技でチャンピオンになりたい”という一心で飛び込みました」

 もともと勧められたわけでもなく賛成されたわけでもなかったけれども、今はそのお兄さんのジムで、二人三脚で励んでいます

「ジムを出すということで兄貴が誘ってくれて、自分も格闘技を人に伝えていきたいという気持ちがあるので、一緒にやっていこうと決断しました。ジムを経営する兄貴を支えるというよりかは自分が成長していくことを目的にしています。そして広島を出て上京してすぐに、兄貴が結果を残してきたからこそ本当に素晴らしい方々に支援していただけていることを知って尊敬しました。指導者としても、分からなくて聞くことは全て答えを返してくれるのですごいと思っています。ただし自分に合うか合わないかを判断したりどう生かしていくかは自分次第なので、いいところだけ盗むようにしています。練習ものびのびとやれていて、試合が決まってからはそれぞれ対戦相手の動画を見たりと研究し、兄貴から相手の良いところがどういう部分かなどアドバイスをもらいながら対策しています」

 小さい頃からお兄さんにアドバイスをもらったり、面倒を見てもらっていた?

「そうですね……。小さい頃はよく遊びに行きましたし、頼りなる存在ではありましたけど……。よく殴られていた記憶しか残っていなくて、あまりいい印象はなかったです(笑)。兄弟喧嘩もしょっちゅうで逆らったらボコボコにされてました(笑)。自分は三兄弟の末っ子で真ん中にも兄がいるのですが、次男は兄弟喧嘩もうまいこと回避できるし、アタマもよくて、見た目はジャニーズ事務所に所属しているアイドルみたい。そんな真ん中が実家にいてちゃんと働いてくれていることで、一番上と一番下が暴走できているのかもしれない(笑)。社会人になって初めてこっちに来た自分のことを兄貴も心配してくれていたとも思いますし、自分も来たばかりの頃はしょっちゅう家に泊まりに行っていました。今はジムで長時間ずっと一緒にいるので、“もういいかな”と(笑)」

 サッカーの特待生として県内トップ3の学校に進学するほどでしたが、高校いっぱいできっぱりとやめてしまった?

「社会人になってからもフットサルをやったりというのはありましたけど、本格的にやるつもりは全然ありませんでした。部活のなかでやれることはやり尽くした感じがあったので大学からのオファーも頂いたのですが、大学生になってプレーし続けるよりは働くほうがいいと思ったんです。次のステップとしてもし高校卒業後プロに進めていたならサッカーを続けていました。それに関しても、ちっちゃい頃からクラブチームに入っていないと難しいと思わされていた。そういう意味では、今やっている格闘技も、細かいテクニックであったり “もし子どもの頃から経験できていたら”と思ってしまうようなことはどうしてもいろいろありますよね。今この環境で向き合っている兄貴と“もっと早く出会っていたら”なんて思ってしまう(笑)。それに今となっては、“なんで最初から個人競技をやらんかったんじゃろ……” と、ちょっとサッカー経験すら後悔してるんですよ(笑)。思えばディフェンスの何が楽しいかも分からない攻撃主体でしたからね。ポジションはサイドハーフだったんですけど、外から中へ、わりと自己中心的なプレーもしていました(笑)。クリスティアーノ・ロナウド選手に憧れてテクニックへの関心も高かったですが、やっぱり点入れてナンボだと思ってましたからね。チームプレーにおける集団責任の考え方より、勝っても負けても自分の責任という格闘技のほうが性に合っているというか。もし時間を戻せるのなら小学校の頃から空手を始めたいです」

 逆にサッカーを長年経験した強みや優位な点などは?

「忍耐力はすごくあるとは思います。ただ、運動部を経験したことで得られる身体の強さとか根性論的な部分は、ずば抜けたセンスがあるとかテクニックが長けているということとは違いますし、正直、誰でも手にすることができるものでしかない。だからこそ経験値の差は大きいと感じてしまいますよね。格闘技は10代から活躍できる世界でもあるから、自分が25歳でデビューという年齢的な焦りももちろんありますし、キャリアとしてもこれからのろのろと長くやっていこうなんて思ったりもしない。だからこそ取り組む姿勢として“まだ若いからいいや”という意識が感じられる子に対して思うところはあります。一方で、それはそれでいいんじゃない?とも思うので、敢えて何か苦言を呈するようなことはしませんけど。前回の対戦相手の佐野天馬選手も22歳と若いですが15歳でデビューしていて、経験豊富さを試合のなかで感じましたね。試合のたび反省点や学びを次に生かすことは意識して練習もしていますが毎回対戦相手も異なりますし、まず試合に慣れることが勝つために重要なことだと思っています」