「Go Toトラベル」の二重のワナ ホステルから2人客が消えている!?



 7月下旬からスタートした政府の観光支援事業「Go To トラベル」。35%の宿泊割引と15%の地域共通クーポン、あわせて50%の支援が実施され、10月からは除外されていた東京も追加された。

 だが、利用者が35%の宿泊割引の恩恵を受けやすい高級旅館に集中するといった“Go To格差”の問題や、東京が解禁して早々に大手オンライン予約サイトや旅行会社などで割引率の縮小や割引制限(1人1回までetc)が設けられるなど、空回りしている印象がぬぐえない。

「昨年比でいうと、4月は90%減、5月は95%減でした。うちに限らず、ゲストハウスやホステルの多くは廃業か転業か休業、いずれかの選択を迫られていると思う」

 そう話すのは、新潟県の岩室温泉(新潟市西蒲区)にある 「岩室スロウホステル」オーナーの川辺正人さん。「Go To トラベル」に期待していたところがあったが、想像以上に恩恵が少ないと言葉を漏らす。

 仮に、①1泊1人2万円の宿、②1泊1人1万円の宿、③1泊1人5000円の宿があったとしよう。 35%の宿泊割引と15%の地域共通クーポンが適用される場合、

①宿泊代1万3000円/地域共通クーポン3000円分配布
②宿泊代6500円/地域共通クーポン2000円分配布
③宿泊代3250円/地域共通クーポン1000円分配布
(※地域共通クーポンは1000円単位で配布される)

以上のように割り引かれることになる。より高い宿に宿泊した方が恩恵を受けやすいため、利用者は価格帯の安い宿泊施設を敬遠しがちになる。先述した“Go To格差”とはこういうことだ。

岩室スロウホステル。もともと旅館というだけあって館内は大きい
「我々のようなゲストハウス・ホステルに比べ、ホテルや旅館は多くの従業員を抱えているため優遇されるのは仕方ないと割り切っています。しかし、食事付きの高価格帯宿泊施設のあおりを受けて、駅前などのビジネスホテルがとても安くなっていることも、大きな副作用をもたらしています」(川辺さん)

 高級宿泊施設とは異なる強みを出すために――。実は、ビジネスホテルが通常時よりも価格を下げ、そこに35%の宿泊割引と15%の地域共通クーポンが適用されることで、ビジネスホテルに1人1000円~2000円台で宿泊できるケースが珍しくないという。「Go Toによって二重構造が生まれています」と苦笑するように、高級宿泊施設に泊まる層に加え、そのあおりによって生じた、本来であればありえない価格の駅前ビジネスホテルが生まれ、そこに宿泊する層が増加。その反動を、安宿が受けているというのである。

「2人で4000円(1人2000円)を切っている状況ですから、ほとんどホステルと変わらない。Go To以降、面白いくらい2名客がいなくなりました。代わりに一名の利用客が微増しているのですが、ビジネスホテルは1名で泊まっても二名で泊まってもさほど値段が変わらないため、ホステルを選んでくれているのではないか」(川辺さん)

 現在、ゲストハウスやホステルは「密」を避けるために、主力であるドミトリーを封鎖しているところがほとんどだ。岩室スロウホステルは、閉館した旅館をリノベーションする形でホステルとして生まれ変わった。ドミトリーこそ封鎖しているが、個室が比較的多く、ファミリー層が止まることも珍しくないため直撃を避けることができたと話す。

 しかし、京都を筆頭に多くのゲストハウスやホステルはドミトリーが中心となり、個室数は限られる。 鎮痛剤だと思っていた「Go To トラベル」だったが、実は毒薬だった――、では悲痛の声が上がるのも納得だ。「コロナ以前から、インバウンドではなく、主に近隣県の国内客が売上の7割を占めていたため、岩室スロウホステルはまだマシなほうです」と川辺さんは話すが、大変な状況にあることに変わりはない。

「7月は売上が前年比8割まで回復したため、意外といけるのではないかと思っていたのですが、「Go To トラベル」の影響からか、8月は再び下がってしまいました。東京が追加されましたが、おそらく我々には関係のない話だと思っています(苦笑)」(川辺さん)

ホステルとは思えないほど、広々とした個室も多い
 コロナ以前のように、インバウンドが戻ってくるには3年かかるとも言われている。その間にゲストハウスやホステルが絶命状態になれば、戻ってきたとしても外国人たちが宿泊する施設は少なく、周辺施設を含め、インバウンド需要は冷え込んだままになる。民泊解禁以前、外国人観光客が声を大にしていた「日本は泊まるところが少なく、高いところしかない」状況に逆戻りしかねない。

 そうならないよう政府は、新たな旅行の形として「ワーケーション」を推進することで、空白期間の穴埋めを画策している。だが、今回の「Go To トラベル」のたどたどしさから鑑みるに、期待するのは禁物だろう。川辺さんは、次のような提案をおくる。

「もし「Go To トラベル」とは別の形で、「ワーケーション」に何かしらの支援があるなら、連泊の意味を考えてほしいです。例えば、 1泊目は20%還元、2泊目は30%還元、3泊以上で35%還元という具合に、連泊するにつれて割引率が上がるなどすれば、高級旅館やビジネスホテル、そして我々のような安宿にもメリットが生まれると思います。日本は同じ宿に連泊するという考えがほとんどありません。ですが、「ワーケーション」ともなれば、昔でいうところの逗留に近いものがあるため、連泊がポイントになる」

 海外でよく見かける「Buy one Get one Free(1つ買うと、もう1つ無料)」のような、2泊したらもう1泊無料になる……そういったキャンペーンがあれば、ワーケーションへの関心も高まるかもしれない。行政は、単に支援するだけではなく、ユーザーのニーズをくみ取ることも忘れないでほしい。

のどかな原風景が広がる岩室温泉。稲穂が揺れる季節は、一面が黄金色になるという
 オーナーである川辺さんは、外国人バックパッカーや日本人のデジタルノマドのような、“暮らすように旅をする人たち”に向けて、岩室スロウホステルを開業した背景を持つ。日本社会に疲れたワーカーたちが、人生に絶望することなく、「なんとかなるだろう」と再出発できるまで英気を養える場として、さびれてはいたが広々とした旅館をホステルにすることを選んだ。

 目指すは、バンコクから飛行機で約1時間で到着する、北部に位置するチェンマイだ。現在、タイ第2の都市は「ワーケーション」の場として利用を増加させるため、企業視察などを誘致しているほど力を注いでいる。「新潟にもその可能性がある。目指す以前に、終わっちゃうかもしれないけど」と川辺さんは笑うが、言葉には力がこもる。

「岩室温泉は田んぼと山に囲まれていて、昔ながらの街並みが残る、日本の原風景を体感できる歴史ある温泉街です。近くには、海産物が美味しい寺泊もあります。日本にはロケーションの良いゲストハウスやホステルがたくさんあるんですよね。そういうところを少しでも残してくれるような支援があったらと。ワーケーションを広めるには、平日に旅行できるような社会にならないといけない。それってもう個人の問題でどうにかなるものではない。本気で旅行や観光のことを考えているなら、暮らし方や働き方そのものにもメスを入れるような施策をしてくれたらと願っています」(川辺さん)


(取材と文・我妻弘崇)