徳井健太の菩薩目線 第83回 ホームレスを見て思ったこと「10月31日はものすごい世界線が共存している」

　去るハロウィンでの出来事。

　自転車で新宿・歌舞伎町を走っていると、博多天神の前に黄色いゴミ袋が並んでいた。時間は23時くらいだっただろうか。ウィズコロナの状況下、例年より早くハロウィンも撤収作業に差し掛かっている様子だった。

　ラーメン屋の前に置かれている黄色いゴミ袋群――。その前にホームレスのおじいさんが1人いた。何やらゴソゴソとゴミ袋を漁っている。博多天神の看板は黄色。 そして、ゴミ袋も黄色。

　そのおじいさんは、博多天神の残飯を含めたゴミが入っていると踏んだんだろう。いくつも並べられた黄色いゴミ袋を、繰り返すように漁っていた。その様子が気になって、まじまじと見ていると、おじいさんから戸惑いの表情が見て取れた。ゴミ袋を開けては、首をかしげている。

　おじいさんが袋から取り出したのは、「トナカイの角」だった。 期待していたものからはほど遠いだろう「角」。「何で博多天神の前にトナカイの角があるんだ？」。そんな声が聞こえてきそうな顔をしていた。黄色いゴミ袋は、たまたま博多天神と色が同じなだけの、宴を終えた仮装集団が捨てていったゴミ袋だった。

　そう、俺は認識することができた。けど、おじいさんはどうやら理解しているとは言い難い表情をしていた。何度もゴミ袋を覗いては、「トナカイの角」やら「スパイダーマンの衣装」を手に取って、天を仰いでいた。

　もしかしたら、ホームレスの中には、ハロウィンの存在をよく分かっていない人もいるんじゃないか、と思った。この日の夜は、普段では手に入らないだろう珍しいゴミが、繁華街にあふれている。その中には、派手なキャラクターグッズもあるだろうし、着ぐるみ的なものだってあるだろう。季節は、まもなく立冬。防寒具として使えるものだってあるだろうから、ホームレスが装着したって変な話じゃない。

　11月1日。一日遅れのハロウィンをぶちかましているホームレスたちがいたっておかしくない。西武新宿の駅前で、それなりにお年を召したスパイダーマンとバットマンが酒を飲んでいて、その横でスーパーマンが寝ていたら、世紀末のUSJみたいでいいじゃないか。ヒーローたちも歳を取るんだなって。

　――なんて思ったものの、そんな光景はいまだかつて見たことがない。ということは、ホームレスはハロウィンの存在をきちんと認識していないんじゃないのか。“1年に1度、ワケの分からないゴミが増える日”、その程度の認識なのかもしれない。

　ハロウィンの存在が当たり前になっている一方で、実は認識していない人もいると想像したとき、後者視点のハロウィンってどう見えているんだろう……と、黄色いゴミ袋を眺めながら考えた。

　「今日はやたらと看護師が出歩いているけど献血が流行ってるのかな？」

　「今年はやたらと緑と黒のチェック柄を着た奴が多いな。ひげを生やした赤と緑の兄弟みたいな二人組は減ったけど」

　街にいれば、スポーツ紙を含めた新聞を目にする機会はあるけど、やはりトレンド的な情報を知覚するのであれば、インターネットがないと不自由なところがある。ともすれば、当然ネットに疎いホームレスの皆さんは、我々とは情報の感覚がズレていたっておかしくない。そのズレを、単なるズレとしか認識しなければマイナス面しか見えてこない。でも、ズレているからこそ、少し想像力を膨らませて考えてみると面白い景色が見えてくる。「トナカイの角」を見ながら首をかしげていたおじいさんから、そんなことを改めて教えてもらった。

　20年選手ぐらいのベテランホームレスともなれば、まったくハロウィンのことを知らない人だっているんじゃないのか。そんな人に10月31日はどう映ってるのか、とても気になる。 ゾンビの集団を見て、何を考えるんだろう。やっぱり見たら逃げるのかな。そして、大量に街に捨てられたハロウィンの衣装を、どうしてホームレスの皆さんは着ていないんだろうか。ド派手なコスチュームに抵抗感があるのかな。一方で、スパイダーマンなんかは、「〇〇さん、スパイダーマンを見つけたらラッキーだよ。アンダーウェアとして超優秀なんだよ」なんて一部では噂になっているのかもしれないし。11月上旬のある期間だけ、皆さんの肌着がアメコミ祭りになっている可能性だってある。

　10月31日は、ものすごい世界線が共存している。