徳井健太の菩薩目線 第84回「麻雀を打ちながら、「差別とは何だろう」と考える日が来るなんて」



 麻雀を打ちながら、差別について考える日が来るなんて。

 都内雀荘。その日、卓を囲んだ面子は、一緒に行った友人と、知らないおじいさん二人だった。どうやら話を聞いていると二人は知り合いらしい。うち一人は、病気によって喉頭を摘出したらしい、声が出せなくなったおじいさんだった。年齢は60代、もしかしたら70代かもしれない。

 おじいさんは、音声合成技術を使うわけでもなく、基本はジェスチャーで喜怒哀楽を表現していた。ポン、チー、ロン――。麻雀に欠かせない言葉による合図は、卓を叩いたり、相手の腕をトントンと叩いたりすることで意思を伝えていた。長いこと麻雀を打ってきたけど、こんな状況は初めてだった。

 その人は、ものすごく明るく立ち振る舞っていて、俺はこんなにも楽しそうに麻雀を打つ人を「初めて見た」とも思った。言葉で表現することができないからこそ、全身で喜びをあらわにするから、そう映ったのかもしれない。

 一方、連れと思わしきもう一人のおじいさんは、ダンディなスーツを違和感なく着こなす、おじいさんというには少々ぶしつけかもしれない若さを保っていた。悪徳弁護士のような風貌で、いかにも麻雀に一家言がありそうなたたずまい。

 声が出せないおじいさんを見ていると、どうしても優しく接してしまう自分がいることに気が付いた。たとえ雀荘であっても、困っている人や弱さを感じてしまう人を見ると、いつも以上にセンシティブになってしまう。いつもなら気が付かないことに、気が付いてしまうというか。

 ただ、声が出せないおじいさんは酒乱だった。酒を飲むたびに、態度があからさまになっていく。 人のロンを見れば手を叩いてはしゃぎだす、自分がツモると過剰なほどに大喜びする。だけど、相手は喋れないから、注意をするには気が引ける。普通に話せていたら、「さすがにやりすぎですよ」なんて声をかけていたかもしれない。俺はいま、差別をしているんだろうか。そんなことを考えながら、牌を見つめていた。

 連れの悪徳風おじさんは、そんな過剰なボディランゲージに慣れているからなのか、極めて厳しい態度で接している。「ふざけるな」、「やめろ」は当たり前。話せないおじいさんが少しでも調子に乗った態度を取ろうものなら、厳格かつ冷徹な言動で対応する。話せないおじいさんが牌と牌をこすりつけるような癖をするだけで、「うるさい」と言い放す。それは癖なわけで、そこまで言う必要はない、と感じるほどに。数え役満のような状況。何に脳のリソースを使えばいいのか狂ってくる。

 話せないおじいさんは、麻雀のときだけはタガが外れて、目の前の娯楽を純粋に楽しめる瞬間なのかもしれない。ただし、酒乱。一方で、悪徳風おじさんのブレない叱責は、どういう状況だろうが、「マナー違反はマナー違反である」と伝えているわけで、考えようによっては等しく平らだ。なぜ俺は、麻雀を打ちながら「差別とは何だろうか」なんて考えているんだろうか。

 話すことができないおじいさん、悪徳風おじさん、頭髪の一部をよく分かるないピンクに染めた芸人――、が5時間以上麻雀を打ち続ける。打てば打つほど、酒の量も増えていく。もうマンガの世界。 圧倒的黙示録。

 だんだんと、俺は厳しい態度を取り続ける悪徳風おじさんが嫌いになっていった。 でも、話せないおじいさんが過去に何かをやらかした可能性もある。自分が注意しなかったことによって、他の誰かが怒りだしたことがあったのかもしれない。それゆえ、あえて厳しい態度を取っているとも考えられる。難しい。

 途中、悪徳おじさんが吸っていたタバコの灰が、自らの膝に落ちた際、なぜだか分からないけど、話せないおじいさんはバカにするかのように大喜びした。信じがたい形相で睨む、悪徳おじさん。言葉はなくても、戦争は始まるのだと理解した。

 話せないおじいさんは、喜怒哀楽すべてを「喜び」で表現していた。その喜びが、喜怒哀楽の何であるかを察知して釘を刺す悪徳おじさんは、最大の理解者なのかもしれない。悪も正義もない世界は、なんだかいい。戦後みたいな空気が漂う。明日食うものがない妹のために金を盗んだお兄ちゃんを誰が咎められるだろう。 お互いを責められるのは、兄妹だけだ。

 俺は、麻雀を打っているときは、思考力が低下するからお酒は飲まないようにしている。だけどその日は、飲まなくても酩酊状態になると思ったから、途中から酒を頼むことにした。すると話せないおじいさんは、自分と同じように飲みながら打つことがうれしかったのか、 とても喜んでくれた。「喜」の喜び方だと分かった。

 理解しがたいシチュエーションは、とても想像力を豊かにしてくれるシチュエーションでもある。結論だけを言えば、とても楽しい麻雀だった。今年もいろいろな人間模様を見た。来年はどんな人たちを見るんだろうか。


【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
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