徳井健太の菩薩目線 第87回　荷物検査での悲しい出来事。そして、代官山のハンバーガーとボートレース若松

　喫煙用で小型のもの（10cm未満）に限り、お一人さまにつき1個まで、身に着けて（衣服のポケットなどに入れて）機内持ち込みが可能です。携帯手荷物（かばんなどに入れる）や受託荷物（貨物室に預かる）としては、お運びできません。

――云々などと書かれている。要するに、ややこしいし、面倒くさい。二つ所持している場合などは、一つ没収されることも珍しくない。これもよく分からない。

俺は、ライターをバッグの中に入れていたような、入れてなかったような……とかく記憶が曖昧なまま荷物検査を通った。入れてないと思っていても、ずいぶん昔に入れたまま放置し、忘れてしまっているライターだってある。よほどテンションが上がっていない限り、バッグに何が入っているかなんて、引きも切らずに確認することなんてない。そんなずぼらな人のためにも、荷物検査があるものだと思っている。

手荷物がX線検査機をくぐると、検査員の一人が、「すいません。これ、ライター入ってます？」と俺を呼び止めた。前述したように、俺はバッグの中にライターを入れていたかどうかを覚えていない。だから、「入ってましたか!?」と返した。

するとその検査員は、「入ってます？」とオウム返しで襲い掛かってきた。……。「わかんないですね」と答える俺。「入ってますか？」と念仏のように繰り返す検査員。

出口が見えないことを察知した俺は、「入ってないんじゃないかな」と答えた。その言葉を聞いた検査員は、「分かりました。どうぞ」と先に進むことを許してくれた。クソゲーのようなやり取りだった。搭乗口に向かう途中、果たしてライターはあったのか、自分自身でも気になったのでバッグを調べると、ライターが入っていた。

日本の空港は、世界でも屈指の安全性を誇るらしいが、日本のX線検査機は、懐中電灯を当てているだけなのかと悲しくなった。なにより、先の問答は、いったい何の意味があったのだろう。

俺の答えいかんによって、通れるか通れないかが決まるのだとしたら、荷物検査とは名ばかりの単なる会釈ゲートじゃないか。あの検査員が、禅問答のような高尚な掛け合いを望んでいたとは到底思えないから、「もし俺が爆弾犯だったらどうなるんだろう」と思いながら、搭乗ゲートで今から乗る飛行機を眺めていた。この程度の水際に何の意味があるのだろう。そもそも水際対策になっている時点で終わりだけれど。

毎日、同じことを繰り返す。たしかに、それは簡単なように見えて、気持ち的にはとても難しいものだと思う。保安検査には、毎日、何千、何万という人が通るに違いない。声をかけるにしても事務的になるだろうし、機械的にならざるを得ない。だとしても――。前回のコラム『ある運転手の決断と言葉』で触れた、「やった分だけ評価されることが新鮮だった」という言葉を思い出した。

別日。代官山付近で仕事を終えた俺は、2000円近くするハンバーガーをテイクアウトしてみた。一仕事終えた自分に対するご褒美みたいなところもあったが、さすがは代官山。良し悪しはわからんが、とにかく高いという印象を抱いたまま帰路に着いた。

家に着いて、北九州市にあるボートレース若松の配信を見ながら、無駄に高いハンバーガーを食べることにした。こんなことをしているのは、この瞬間、おそらく世界で俺一人だけなのではないかと思った。代官山の洒落乙ハンバーガーを食べながら、自宅でボートレースを見る。民度の高低差が分からなくなって、程よく世界が揺れて見える。リアル1日外出録ハンチョウの世界を体験しているようで、愉快だった。十分、幸せじゃないか。

こんな感覚を楽しめない人もいるんだろうけど、わかる人は「うんうん」と首肯してくれると思いたい。毎日の暮らしなんて、この程度で弾力性が生まれてしまう。メリハリなんて、簡単に作ることができるのだ。日々の生活に、変化量があればあるほど、つまらないものも明確に見えてくると思う。