車いすバスケットボール 香西宏昭「車いすバスケ界のエースが 競技20年で気づいたこと」

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 日本で唯一、車いすバスケットボールのプロ選手である香西宏昭は今年、競技生活20年を迎えた。小学6年生で車いすバスケと出会って以来、めきめきと頭角を現し、北京、ロンドン、リオと3大会連続でパラリンピックに出場。名実ともに国内エースとして活躍する彼が見つめる、車いすバスケの現在そして未来とは。



写真・伊藤真吾/エックスワン

車いすバスケ界の変化


 今年1月、競技生活20年を迎えた香西。高校卒業後はアメリカの大学やドイツ・ブンデスリーガでプレーするなど海外での活躍も目覚ましい彼が、車いすバスケ界の変化を振り返った。


「東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まった2013年以降、日本のメディアで車いすバスケを取り上げてもらえる機会が増えたのは大きな変化ですね。買い物中に“バスケットの選手ですよね”と声をかけていただくこともあり、こんなことが起きるのかと信じられなかったです。あとは、大会で観客の方がどんどん増えてきたことも変化ですね。天皇杯やMWCC(三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP)でたくさんの方にスティックバルーンで応援してもらえる光景を見ると、テレビで見ていたバレーボールの“ニッポン!チャチャチャ”を思い出します。こんな光景が車いすバスケでも起きるのかと。すごくうれしかったです」


 トレーニング環境の変化も口にした。車いすの競技を巡っては、これまで床に傷がつくなどの理由で体育館を借りられず、練習場所の確保に悩む競技団体も多かった。認知度の向上は、選手の練習環境にもプラスになったようだ。


「体育館やジムを使わせてもらえる機会が増えてきました。まだ断られることもありますし、劇的な変化ではないかもしれないですが、少しずつ変わっていると思います。日本の車いすバスケのレベルもすごく上がっているんですね。これまではアメリカやヨーロッパが強かったのですが、今はどこが勝ってもおかしくない時代。ヨーロッパ予選では90点近い試合が繰り広げられるとか、Bリーグより得点を取っている試合もあります。競技レベルがどんどん上がっているのを肌で感じます」



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