避難区域の保護猫と暮らして“9年目”の春に思うこと「10年の節目に、つらさがよみがえった元飼い主に伝えたい」
毛がむしられ“ごま塩”状態の黒猫
「今ではこんなに甘えん坊になっちゃったね」と、愛猫“テツ男”に微笑む山本洋子さん(仮名)。テツ男も目を細めて山本さんを見つめ返す。テツ男が山本さんのもとに来たのは今から9年前、2012年2月のこと。テツ男は、東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所の事故により避難区域に指定された福島県浪江町で震災発生から約1年後に保護された猫だった。
「ずっと飼っていた猫を亡くしてからもう猫は飼わないと決めていたんです。でもある日、すごく気落ちすることがあって、せめて猫を眺めて癒されたい!と思って…。たまたまやっていた近所の保護猫譲渡会を覗いてみたんです」
猫を飼うことはまったく考えていなかったと山本さん。
「そこに、すごくほっそりして愛らしいメスの黒猫がいて。なんてかわいい猫だろうと思って見ていたら、譲渡会の方が“もしかして黒猫が好きなの?”と言って、この子を連れてきた。見た瞬間、なんて“ぶさかわ”いい猫だろうと思いましたね(笑)」
そのオスの黒猫は、譲渡会でもまったく人気が無い様子だった。
「体の大きな大人の猫であることに加え、黒猫なのにところどころ毛色があせて白髪っぽいというか“ごま塩”になっていたんです。しかもトリモチで捕獲されたらしく、あちこち毛がむしられてハゲちゃっていて。それに、抱っこされて連れてこられたんですけど、撫でても声をかけても、ずっと目をつむってまったく反応しない。愛想がないというより完全に内にこもってしまっている感じでした。最初は、どこか病気なんじゃないかと思いましたね」
山本さんの口から出たのは「この子をお迎えしたい」という言葉だった。
「万が一、また猫を飼うとしたら保護猫を…とは思っていたので、かわいい猫がいいとかメス猫がいいとか、そういう希望は一切無くて保護猫ならどの子でもよかった。誰にも引き取られずに残りそうだったら、私がこの子を迎えようと思ったんです。
通常、一人暮らしの会社員の場合、猫が孤独になりがちと言う理由で断られるケースも多いそうなのですが、きちんと飼育環境に適しているか私の状況や部屋の中もしっかり確認してもらったうえで、すぐに譲り受けることができました」