徳井健太の菩薩目線 第115回 人は誰でも、誰かの何かになっている可能性がある。全身がんの女の子との思い出。

平成ノブシコブシ・徳井健太

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第115回目は、10年前のとある出来事について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

テレビ朝日で放送されている『かまいガチ』をよく見る。

千鳥さんの番組もそうだが、スタッフがウケている、ウケていないではなく、二人が“面白い”と感じている瞬間を感じられるバラエティは面白い。そこに、コンビ間の信頼関係が伝わってくるからだ。

『かまいガチ』を見すぎている影響からだろうか。番組内で濱家がよく作る料理を、自分でも作るようになってしまった。とても美味しい。その中で、下積み飯という回があった。

彼らが売れてないとき、天竺鼠――川原と瀬下が暮らしていた部屋、通称「天竺ハウス」は、同期のたまり場だったそうだ。

鎌鼬(当時)、天竺鼠、藤崎マーケット・トキらが、濱家の作った料理を囲む。

売れない同期同士で、同じ釜の下積み飯を食らう。そんな弱火の時代に、あるとき、トキがロックバンド『ザ・マスミサイル』の「拝啓」という曲を聴かせたと話していた。

それから十何年後。売れっ子となった彼らが再び「拝啓」を聞く、というのが今回の企画のクライマックスだった。山内は号泣していた。

もしミュージシャンだったら。

こんなにうれしいことはないんじゃないかなと思った。精神や時間、いろんなものをすり減らして作った曲が、 かまいたち、天竺鼠、 藤崎マーケットら売れない時間を過ごしていた芸人たちを支えていて、そのメッセージが十何年後に届く。

こんなにパフォーマンス冥利に尽きることはない。そう考えると、芸人の漫才やコントも、もしかしたら誰かの根幹を縁の下で持ち上げてるのかもしれない。

でも、作った側の当事者には、今はまだ届いてこない。時間差が、どうしても生まれてしまう。だから、ずっとわからないままだってある。 

ちょっと遠い昔。全身がんにおかされた10代の女の子とフジテレビで会ったことがある。どういった経緯でそうなったのか、俺にも分からない。カメラが入っているとか番組で取り上げるとかではなく、プライベートな取り組みだったと聞く。「誰か好きな人に会えるなら誰がいいですか?」と聞くと、その子は俺の名前を挙げてくれたという。平成ノブシコブシではなく、徳井健太の単独指名。

当時の俺は、『ピカルの定理』に出演していた頃だった。もしかしたら、ピカルがきっかけだったのかもしれない。でも、当時の俺はまだまだ尖っていて、ヨシモト∞ホールのファンに向けて「差し入れはいらない」と念を押して繰り返し、「仮に持ってくるにしても酒か金券」と明言するような輩だった。

『ピカルの定理』の収録の休憩中。ほんの短い時間だったと思う。フジテレビの一室に、お父さんとお母さんとその子がやってきた。

彼女は、「徳井さんは物をいらないっていうから」と気恥ずかしそうに口を開くと、俺に焼酎と金券をプレゼントしてくれた。全身がんの10代の女の子から手渡された焼酎と金券――。

申し訳なさしかなかった。でも、手に取らないと、もっと申し訳ないと思って、余命を告げられている子から、俺は焼酎と金券を受け取った。

あれから10年経って、俺は40歳になった。尖りは、気が付くと丸みを帯びていた。いろいろと批判の多いお笑い業界だけど、あの子が会いたいと言ってくれていた以上、どれだけつまらないと言われてもやり続けないといけない。そういう感覚がやっぱりある。いい話をしたいわけじゃない。だけど、事実。事実は耳を塞ぎたくなるから疎まれる。でも、事実だから言葉にできる。

一緒に写真を撮ったりして、その子は喜んでいたように思う。ただ、そのときの俺はとてもひねくれていて、「なんで俺なんだろう」ということで頭がいっぱいだった。もっと考えられることがあったと思う。今も申し訳なく思う。

そのときにしか出てこない言葉や接し方もあるんだろう。30歳の俺と、当時のその子。その瞬間、瞬間が大事なのだとしたら、必要以上に卑下することでもないのだろうか。あの瞬間は、何度だってよみがえる。俺も、誰かの何かを支えているのかもしれない。なんてことを気が付かせてくれる。

たくさんの人から好かれることも素敵だ。でも、たった一人。その一人からとんでもないエネルギーを、何年か経って受け取ることもある。

人知れず、誰も見ていないところで、名もなき人が涙を流したり、喜んでいたりする以上 、どんな理由があってもやめるわけにはいかない。何かを表現するというのは、そういうことなんだなって、『かまいガチ』の下積み飯を見て再確認した。

【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw