鈴木寛の「2020年への篤行録」
第9回 日本のW杯再開催を巡る「皮算用」

 この原稿が掲載される頃には、サッカーW杯も佳境に入っていることでしょう。我らがザックジャパンの運命はどうなっているでしょうか。初戦のコートジボワール戦を見届けてから編集部に送稿し、サッカー協会の仕事でブラジルに入ります。現地では日本—ギリシア戦など数試合を観戦、各国サッカー関係者との交流をしてまいります

 協会では、ガバナンスやコンプライアンスの担当をしていますので、問題なく大会が運営されているか冷静に観察することが求められます。そんな中、大会直前に2022年のカタールW杯開催招致を巡って、不正買収があったと英サンデータイムズが報じました。大会の熱狂の裏で国際サッカー連盟(FIFA)の首脳部がこの件でセンシティブになっているのは間違いなく、カタール開催を決めた理事会で投票した理事のベッケンバウアー氏が、FIFAの調査協力を拒んだとして、90日間の活動停止処分を受けました。

 まだ報道が先行気味の話なので予断は許しませんが、事実関係はFIFAの調査結果を待ち、今後の対応を見守りたいと思います。ところが、気の早いメディアやサッカーファンからは、カタールの開催が取り消しになり、日本がW杯の代替開催地に選ばれる可能性が指摘され始めています。カタールに負けた2022W杯の招致副委員長を務め、日韓W杯準備や東京オリンピック・パラリンピック招致に携わった身としては、そんなに「簡単じゃないよ」と言いたくなりますが(苦笑)、2020年のオリンピック開催の余勢を駆って「W杯もいけるぞ」という“誤解”があるのかもしれません。

 たしかに前回のW杯から10年余ですからインフラはまだ新しく、インフラ投資はさほどでなくて済むでしょう。しかし、お金がかかるのはインフラだけではありません。大会運営にはヒトやモノの移動、宿泊など甚大なコストがかかります。オリンピックでいえば、競技場関係以外でも民間レベルで3000億円を集める必要があると言われています。広告業界で「ナショナルクライアント」と言われるような大企業スポンサーも2020年に向けて、相当な投資をしています。19年にはラグビーW杯もあります。つまり、2022年に国際大会を開催したくても日本の国のスポーツ投資に余力がない可能性があるのです。

 これは、あくまで大会運営の立場からスポーツ界に関わった経験を踏まえての私見でありますが、日本が2020年のオリンピックの後も、少子高齢化の傾向にあって五輪やW杯等の大規模国際大会を開催できるかどうかは、私たち一人一人がスポーツにお金を出す習慣が広がるかどうかだとみています。

 日本ファンドレイジング協会「寄付白書 2013」によると、日本の個人寄付総額は約4800万人からの約7000億円。このうち、文化スポーツ分野は100万人で150億人に過ぎません。そこで、国会議員やNPO関係者らが推進している「スポーツドナー1000万人構想」では1000万人で1500億円を寄付するところまで拡大することを目指しています。

 このほどW杯の試合を対象にしたtotoが初めて発売されました。今後の市場拡大が見込まれるクラウドファンディングも、構想を後押しするでしょう。W杯代替開催という「皮算用」をするのではなく、まずは足元のスポーツ文化を大切にすることから考えていきたいものです。

(東大・慶大教授、日本サッカー協会理事、元文部科学副大臣、前参議院議員)