SPECIAL INTERVIEW 成河×鶴見辰吾

今だからこそみんなに見て、そして考えてほしい作品。手塚治虫の『アドルフに告ぐ』6月に舞台化

手塚治虫が第二次世界大戦前後のナチスの興亡の時代のドイツと日本を舞台に描いた歴史漫画『アドルフに告ぐ』が6月に舞台化される。演出は『火の鳥』『ブッダ』といった手塚の演出を手がけてきた栗山民也。今回、主演を務める成河と物語の重要な鍵を握る役を演じる鶴見辰吾に話を聞いた。

撮影・神谷渚

 物語は「アドルフ」というファーストネームを持つ3人の男たちを中心に展開する。時代は第二次世界大戦前後、といえば、一人はもちろんドイツのヒトラー総統。残りの2人は日本の神戸で幼なじみとして育ったドイツ人で日本人とのハーフであるアドルフ・カウフマンとユダヤ人のアドルフ・カミル。「ヒトラーがユダヤ人の血を引いている」という機密文書を巡り、登場人物たちはさまざまな歴史的事件に関わり、そして運命のいたずらに翻弄されていく。

 カウフマンを成河、ストーリーテラーとして物語に関わっていく日本人記者・峠草平を鶴見辰吾が演じる。
 まずこの作品を読んだことは?

鶴見「だいぶ昔に。手塚の作品は結構よく読んでいましたので」
成河「僕は小中学生の時に読みました。この作品は図書館に置いてあったと思います」
鶴見「へえ、図書館に?」
成河「最近改めて読んだんですが、当時は半分も分かってなかったなって思います」
鶴見「僕はまだ読んでない(笑)。どんな形で読み返そうか考えているところ。電子書籍で読もうかとか。それによっては受けるイメージも変わるような気もしているんです。昔はハードカバーの分厚い本で全4巻。結構高かったんだけど、それを買って読んだんですよね」

 作品の感想は?

鶴見「すごく印象的なのは、僕たちにとっては当時、中東の紛争というものの仕組みがよく分かっていなかった。とにかくあそこでは何かしら戦争が起きていたんですが、そういう根深い理由があって、復讐の連鎖のようなものが連綿と続いていたのかということをこの作品で知りました。手塚の作品の中には若いころに体験した戦争のイメージがすごくたくさんあるんですね。絶対にこういうことを起こしてはいけないという信念のもとにどの作品も書かれている。だから時としてはすごく残酷であったり、現実を突きつけるような厳しい作品もあるんですけれども、その中に我々が学び取らなければいけないメッセージが込められている。まあこれは僕が改めて言わなくてもみんなが思っていることだとは思うんですが、そこが長くいろいろな世代に渡って読まれている理由のひとつなのではないかと思うんです」
成河「ラストシーンがああいう感じだったという記憶がなかったので、ちょっとびっくりしました。今読むとさらにですよね」
 ナチスやヒトラーに関する部分の印象が強かったということ?
成河「ええ。アラブとイスラエルの問題で終わるんだ、というのはちょっと…。最近の社会の情勢が頭にあるからかもしれないんですけど、当時はそこまで考えが及んでいなかったのかもしれません」

 自分が演じる人物についての率直な感想を。峠はその強すぎる使命感や責任感といったことが災いして、大事な人を次々と亡くしていきます。

鶴見「本人が“なんで俺はこんなことになってしまったんだ”と悩むようなところがあるんですが、のめり込んで行ってしまうんですよね」
 あの時代はそういう気質の人が多かったのかも。現在に生きる者として、あのメンタリティーはどう思います?
鶴見「この役を演じるには、いろいろなものを参考にしなきゃいけないんじゃないかとは思っています。拷問されても絶対に口を割らないように気骨があって信念が強い。あそこまでの感覚は現代人にはないですよね。僕は戦後生まれですし、ある程度日本が豊かになってきていましたから。ただ、僕の人格形成において、峠的なものは絶対に織り込まれているとは思います。昔読んだ時に、ああいう大人になりたいと思ったこと。その信念の強さというものは印象に残っています」

 カウフマンについては?

成河「まだ稽古も始まっていないので原作を読んでの感想になってしまうのですが、最初はとても善良な人間として登場するんですが、そういう誰もが理解できる、同調できる善良な人間がなにかの拍子で歴史の大きな渦に巻き込まれていって狂信的になっていってしまう。それなのに今度は信じていた対象を失ってしまい…、という一人の人間のドラマチックな部分がものすごく詰まった人物だと思うので、大変だなって思うんですが、その半面とてもやりがいのある役だと感じています」
 最初に話をもらったときに、“カウフマン? カミルじゃなくて?”と思ったりしたことは?
成河「それは“どっちかな?”と思ったくらい。まあヒトラーじゃなくて良かったですけど(笑)」

 みんなそう言う。

成河「いや、まあ、ねえ。ヒトラーは無理ですよ」
鶴見「(笑)」
 そういうイメージ?
成河「嫌ですよね?」
鶴見「やりがいはあると思うんですけどね。ヒトラーの役はだいたい名優といわれる人がやってますよ」
 鶴見さんはこのお話をいただいたときは?
鶴見「二つ返事で“やります!”って感じでした。栗山さんが演出をする『アドルフに告ぐ』だし、共演者を見たらみんないい俳優さんばかりだし、役は峠だし。そして劇場も神奈川だし、稽古場も近いし、断る理由がない(笑)」

 一瞬、“ヒトラーかな?”とは?

鶴見「ねえ(笑)。でもどの役にしても、この話は面白いし。ヒトラー役は髙橋洋君なんですけど、相当面白いと思いますよ。期待しているんです」
成河「ええ、楽しみですよね」

 どういったところが?

鶴見「多分、彼なりのヒトラー像をつかんでくると思うんですが、彼、芝居にとても真剣に取り組む人だから、のめり込んでいって、狂気みたいなものを出してくると思うんですよね。そこが楽しみです」

 カウフマンはハーフということで、日本でもドイツでも居心地が悪く、足元がグラグラしている。そして思想、国籍といったようなさまざまな要因で大事な人を次々に失っていく。この生き方って、どう思います?

成河「カウフマンの気持ちは非常によく分かるんです。何にも属せない人間が属することに強いあこがれを持っていたんだと思うんです。僕は勝手にそう思って読んじゃうんですけど。日本人にもなじめない、かといって母国のドイツのこともよく知らない。そういう中でただただ妄想というか、いろいろな焦りにも似た何かが膨らんでいって膨らんでいって、そこに対して自分が何ができるのか、そこには自分のアイディンティティがあるのか、あったらなんなのか、ということに、ちょっとクールでいられなくなってしまう部分というのはとてもよく分かる気がするんです。それは正体がないからこそで、そこが分かっていて軸さえあれば抑えられるのではないかと思うんです。地面がないというか、はっと手を出しにいってしまう感覚というのは、とても僕は分かると思いました。ただそれは例えばナチスといった思想的なものとか時代とか、ハーフであるということに限らず、何かしら人にはそういう面はあるんだろうなとは思うんです」

 そう見ると難しいが、確かにやりがいのある役。

成河「長い作品で、幼年期、青年期をどういう分量で描くのかは分からないですが、後半に向かって狂気に走っていく感じは求められているのかな、と思うので、そういう面を見せていけたら、とは思っています」

 鶴見さんは峠のような生き方については?

鶴見「時代で言うと峠はいくつくらいだろう。大正、明治生まれかもしれない。僕のおじいさんは戦争に行っているんですが大正生まれでした。明治生まれの人なんか、ちょっと前までちょんまげを結っていた時代ですから、精神的な強さがすごいんですよね」

 カウフマンは?

成河「どうなんでしょう。日本のその当時の時代感というか空気感がどうだったか。絶対影響は受けていると思うんですが、それよりもドイツの外交官の家で守られながら育ってきた部分もあると思うので、どちらかというと窓の中から外を見ていたようなことがあったのではないかと思うんですよね」
鶴見「そうだね。パン屋さんをやっているカミルとはちょっと違うよね」
成河「いじめられちゃうし」
鶴見「あのへんの細かい人物の描き方はさすが手塚治虫、という感じですよね」

 ちなみに他の手塚は?

成河「『陽だまりの樹』なんかは読んでます。歴史ものが好きなので」
鶴見「好きですね。けっこう読みました。漫画喫茶が流行ったころ、店に入ったら取りあえず手塚治虫を読んでいました。あとは手塚ではないですが『ゴルゴ13』(笑)。今読んでも古さを感じないのはすごいですね。手塚の作品は実は残酷だったり、すごくエロティックだったりして、子供が見るとちょっとまずいようなものがあったりするんですよね。ファンタジーばかりではなくて」

 やはり手塚は違うなという感じ?

成河「漫画、というよりは…。漫画と思っては読んでいないです。特にこの『アドルフに告ぐ』は。『火の鳥』なんかはもう少し気楽に読んでいたりはしましたけど。なんというか、歴史小説を読む代わりに、勉強のために読んでいたところがあったと思います」
鶴見「漫画で学ぶことも多いというか、いろいろな影響を受けているところもあって、この作品もそのひとつだと思います。『火の鳥』なんかは、宗教の始まりだったり、神様を信じるということの原点というのはこういう考え方なのか、というものを理解させてくれた作品でしたよね。そこには人種も国籍もなく、生命に対する畏怖の念というか、自然に対する敬意みたいなものが感じられて、やっぱりそういうものが自分が大人になっていく過程でどこかに織り込まれているんですね。『アドルフに告ぐ』もそういう感じでした」

 チラシには手塚治虫の言葉として「これを描いているうちに気づいたんですが、この話は本当は、恋愛ものじゃないかと思うんです」という非常に興味深い言葉が書かれています。

鶴見「これ、どこのインタビューで発言されたんでしょうね」

 これは見る側面によってはいろいろな意味にも取れる作品ということ。自分が峠の立場を取るか、カウフマンの立場を取るかによって、ナチス、戦争をはじめとしたさまざまなことの見方が変わってしまう、ある意味ちょっと恐ろしい作品という部分もあるのではないかと思います。

成河「確かに改めてこの手塚の言葉を読んでから、カウフマンのことを考えてみると、エリザという女性をめぐってのエピソードも受け取り方が変わってくるかもしれませんね」
鶴見「大学生の時に“第二次世界大戦を体験している人が減ってきているから、そういうときこそ平和というものを考えないと日本は危ないよ”ということを先生に言われたんです。その時は、“こんなに平和な日本が戦争に向かうようなことがあるんだろうか”というふうに思っていたんですけど、最近、なんかきな臭い雰囲気があるじゃないですか。“ああ、本当にそういうことになってきているんだな”って思うんです。演劇というのは、表現の中で、愛であったり平和であったり、といったものを最終的には想像してもらう仕事だと思うんです。だからそういうものをこの作品の中でお客さんに投げかけることができれば、とは思っています。でもそれは戦後70年だから、というわけではなく、普遍的なものだと思います」

 見る側もちゃんと読み解いて、そしていろいろなことを考えるきっかけとしてほしい作品だ。(本紙・本吉英人)

3月28日から一般発売開始『アドルフに告ぐ』
【日時】6月3日(水)〜14日(日)【会場】KAAT神奈川芸術劇場(日本大通り駅)【料金】全席指定 S席9500円、A席7000 円/シルバー割引 9000円、U24チケット(24歳以下)4750円、高校生以下割引1000円【問い合わせ】チケットかながわ(TEL:0570-015-415[公式HP]http://www.adolfnitsugu.com/)【作】手塚治虫【演出】栗山民也【脚本】木内宏昌【出演】成河、松下洸平、髙橋洋/朝海ひかる/大貫勇輔、谷田歩/彩吹真央/鶴見辰吾 ほか ※3月28日から一般発売開始。詳しくは公式HPで。
成河は8日から『十二夜』出演中 鶴見は15日に横浜マラソンに出場  公演は6月から。成河はただいま3月8日に開幕した『十二夜』(〜30日、日生劇場)に出演中。 成河「演出のジョン・ケアードさんはシェイクスピアの学者さんなんです。だからものすごく詳しい。シェイクスピアの人物から歴史から上演史から、ありとあらゆることを研究してきた人なので、僕らでは出てこないようなアイデアとか知らないバックグラウンドなんかをバンバンくれる。演出方法も奔放型というか。“なんでもありさ!”という感じなんですが、気づいたら緻密に並べられているという凄みがあるんです」とのこと。ドラマでも個性的な役を演じることが多く、6月までにその活動をチェックしておいてほしい。  また鶴見は出演した映画『Zアイランド』が5月に公開されるのだが、その前に大仕事?が控えている。本紙発行の次の日曜となる3月15日に開催される「横浜マラソン」で初めてフルマラソンに挑戦するという。ちなみに峠草平は大学の陸上部出身というのもなにかの縁? 鶴見「この話をいただく前からエントリーしているんですけどね(笑)。昨年友人に誘われまして、今回が第1回大会なんですが、横浜でやるというのは面白いなって思いました」  鶴見は2004年から本格的にロードバイクを始め「LEGON」というサークルも設立するほど。 鶴見「きっかけはゴルフの練習に行くときに、車で行くより自転車で行くほうが健康にいいかなって始めたんです。もともと東京に住んでいて横浜に引っ越したんですが、あまり横浜のことが分かってなかったんですよ。でも自転車に乗るようになってから、自分の住んでいる街が自分の地元になってきた。それでだんだん面白くなってきて、どんどん距離が延びていって、“どうせならもっと遠いところに行っちゃおう”って。ロードバイクは100キロくらい走れるって聞いて、ああそういう遊び方もあるなって思ったのがきっかけなんです。だから、もし横浜に引っ越してなかったら、自転車って面白いって思わなかったかもしれない。“ようやく自分の街になってきたな、自転車のおかげだ。そういえば小さいころってそうやって自分の街にしていってたんだなっ”て思い出しました。ということは、じゃあほかの街に行ったときも自転車に乗ったらいいんだろうなと思って、地方公演とか地方ロケがあったときに自転車を持っていって乗るようになると、同じように、その街になじみやすいんですよね。蜷川さんの作品でイギリスに行った時も、無理言って自転車を持っていかせてもらって芝居の前なんかはエイボン川のほとりを走ったりとかしてました」  ロケの時も自転車で行っちゃうこともあると聞きました。 鶴見「ワンシーンで終わりとかセリフがないときだけですね。今日は写真撮影があるので自転車ではないですけど(笑)。でも稽古のころはいい季節なので自転車でちょくちょく来ると思いますよ」