11月23日にパリで開かれた博覧会国際事務局(BIE)の総会で、2025年の万博開催地に大阪が選ばれました。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを終えた後の景気後退が心配されていますが、日本国内で目標になるビッグイベントが新たに決まった意味は非常に大きいと思います。
今回の万博招致の正式決定は2014年ですが、それ以前、オリパラの東京開催が決まった直後の2013年秋に、私たちは、阪大医学部長(当時)の澤芳樹教授、ロート製薬の山田邦雄会長、電通関西支社の服部一史支社長らと、大阪万博招致について同意し、具体的な検討を開始しました。
我々は「INOCHI」というテーマで万博を行うという明確なビジョンをもっていました。夢を具現化するため、一般社団法人inochi未来プロジェクトを立ち上げ、澤先生が理事長に、私と理化学研究所の高橋政代先生、京都大学医学部長(当時)の上本伸二先生らが理事に就任し、電通関西が事務局を務めました。
ロート製薬はじめ関西の財界の皆様にもご支援をいただきながら、地道に活動を続けてきました。当初より、私たちが重視していたのは、若者を主役にし、我々の世代は、徹底的にそのサポートに回っていくということでした。
2015年にinochi学生・未来フォーラムを大阪大学医学部と京都大学医学部の学生が中心となって立ち上げ、突然死、認知症、自殺などの医療課題に関し、毎年、200名あまりの大学生・高校生・中学生が課題解決に向けてプランを競い合うコンテストを行うとともに、「若者たちが考える万博」について議論を始め、大阪府知事に対して提案を重ねてきました。さらに、WAKAZOというプロジェクトも立ち上げ、万博が招致された際には、若者自らWAKAZO館をプロデュースするという具体的な提案まで含まれていました。
今年の6月にパリで行われたBIE総会には、こうした学生フォーラムを代表して川竹絢子(京都大学医学部5年生)さんが、ノーベル賞の京都大学の山中伸弥先生とともに、プレゼンテーションに登壇し、日本への支持拡大に大きく貢献しました。
万博開催について冷めた見方をする人たちからは「いつまで高度成長時代の夢をみているのか」といったご意見が寄せられます。確かに万博だけを頼みにした景気対策は昭和的な発想です。
しかし、重要なのは2020年オリパラと同じく、2025年万博を、新たな人類史・世界史創造のきっかけにしていくことと、それを日本が主導するということです。WAKAZO館プロジェクトに、東京はじめ日本中の若い世代の皆さんが、世界をあっと驚かせるような斬新なアイデアで提案してください。
(東大・慶応大教授)

