アルベール・カミユの『異邦人』風に言うなら、「きょう、ママンが死んだ」でしょうか。
9月16日夜、私にとってのゴッドマザー、恵美子が永眠いたしました。88歳でした。穏やかな最期でした。
アラブへの留学、帰国後の仕事、政界入りと、人生における節目、節目で私の背中を押し、適切なアドバイスをくれた母。4カ月前に父を亡くしたばかりの私には、誰もが経験する親との別れとはいえ、母との別れは特別なものがあります。
母は1年前に肺がんを告知されましたが、手術や化学療法での治療を希望しないどころか、「尊厳死協会に入りたい」と病いとの共生の道を選択。認知症もなく、自らの意思ははっきりしていました。
それでも今年の夏の暑さは高齢者にはこたえました。食欲も減退し、体力が低下したことから、本人の希望もあり近くの病院に入院。しかし、病いの進行が思いの他早く、余命ひと月と宣告されたことから、思い切って自宅での静養に切り替えました。この時点で母も私も覚悟を決めました。
それからは往診専門の先生と看護師さんのきめ細やかなケアとともに、12日間は母と私、兄家族などとの濃密な時間を過ごすことになります。
大好きなすき焼きを食し、愛犬と戯れ、昔見た映画を鑑賞し、趣味の三味線のCDを楽しみ、さらには医師に勧められてタバコを一服し…。結果としての12日間は、母にとって、娘、息子との大切な時間となりました。
病院で最期を迎えた父と比べると、自宅で家族に看取られて永眠した母の場合は、満足感が違います。自宅での看取りは多くが望みながらも、仕事や環境によってそうは行かないケースの方が多いことでしょう。また家族とすれば、一分一秒でも親には長生きしてほしいと思うものです。だから点滴でも、胃ろうでも、最善を尽くそうとします。そういうものです。
ただ、そのことが本人にとって、家族にとって、本当に幸せかどうかは分かりません。病状次第ですが、本人が最期にしたいことをさせてあげるのが、本人にとって、そして家族にとってより幸せなのではないかと思うのです。
そのためには、本人と家族の覚悟が必要です。このことが自宅での看取りの最低条件だと痛感しました。
往診システムが過去のものと思っていた私ですが、母の最期を苦しむことなく旅立たせてくださった終末医療専門の医師、看護師にも感謝しています。
父母の死をきっかけに終末医療や自宅での看取りのあり方を政策に反映したいと思います。
(衆議院議員/自民党広報本部長)