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教わる側も教える側も「ポスト平成」型へ 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第53回】

2018.02.19 Vol.703

 年頭のコラムで「今年からポスト平成の準備をしよう」と呼びかけました。私自身は、10代の学生たちと接する時は「彼ら彼女たちの中には22世紀まで生きる人たちもいるだろう」という思いで、できるだけ視座を遠くに見据えるようにしています。

 皆さんも重々ご承知のことですが、まずこれからの社会が直面することを大前提にします。具体的には、大量廃棄・エネルギー消費・CO2排出など環境問題の深刻化、AIをはじめとするテクノロジーの飛躍的な進化、加速化するグローバル化という大きな変化の傾向にあります。価値観が多様化・複雑化する中では、自分の頭を駆使した「知の創造・難問解決」が求められます。

 そういう時代に求められる人材とはどんなものでしょうか。私は3つの人材が求められると思います。すなわち①「想定外」や「板挟み」と向き合い乗り越えられる人材、②AIで解けない問題・課題・難題と向き合える人材、③創造的・協働的活動を創発し、やり遂げる人材―です。

 防災教育の専門家、群馬大学の片田敏孝教授によれば、災害のように想定外の事態を乗り越えられる人は、「想定やマニュアルに頼りすぎない」「どんな時でも、ミスを恐れず、ベスト・最善を尽くす」「指示を待たずに、率先者になる」そうです。災害を社会問題やビジネスに置き換えてみると、ポスト平成の人材のありようが浮かびます。

 当然ながら、昭和から平成まで日本の教育システムが得意としてきた、「先生が教えたとおりにできる」人材を育てるやり方では行き詰まります。実際の社会問題や課題に取り組むプロジェクト学習を通じ、難問解決の思考力、難問から逃げない姿勢を鍛え抜きます。あるいは、時代が変わっても変わらない、先人たちの哲学、普遍の真理を学ぶことで物事の本質を見抜く力を養うことができます。

 学ぶ側の子どもたち、若者たちの方向性は定まりつつあります。ここで盲点となっているのが、昭和・平成型の教育システムにどっぷり浸かってきた親・教師の世代が、時代の変化に対応しきれていないことです。

 以前、高校の校長クラスの先生がた向けの講演で、冒頭に述べたように「いまあなた方が教えている生徒さんの中には22世紀まで生きる人もいる」と話をしただけでハッとした表情をされます。親や教師は、自分たちの経験を物差しにしがちです。若い人の声に耳を傾け、新しいことへの興味を持ち続ける謙虚な姿勢が、教える側のポスト平成への第一歩です。

(東大・慶応大教授)

さあ「ポスト平成」の準備をしよう 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第52回】

2018.01.15 Vol.701

 あけましておめでとうございます。2018年は「戌年」。「戌」という言葉は、もともと「滅」(滅ぶ)という意味ですが、これは縁起が悪いことではなく、草木が一度枯れるけれど、そこから新しい命が芽吹いていくという意味がこめられています。いわば「リセットからのリスタート」と言えるでしょう。

 本稿を書いているのは、12月23日の天皇誕生日。今上陛下のご退位が2019年4月30日に決まり、翌5月1日から皇太子殿下が次期天皇に即位されることが、このほど決まりました。今年は、残り1年4か月となった「平成」の御代のカウントダウンというムードが一段と濃くなってくるはずです。

 昭和39年(1964年)生まれの私などは、3つ目の時代を迎えることで、余計に年をとったような気分にもなりますが(苦笑)、まもなく成人式を迎える20歳の皆さんが生まれたのは、1997年(平成9年)。その年に、4大証券会社のひとつだった山一証券が経営破綻したことがしばしば引き合いに出されますが、バブルが崩壊してまさに日本社会が塗炭の苦しみに喘いでいた時代でした。

 振り返れば、平成の御代は「リセットし損ねた」時代でした。すなわち、昭和の高度成長期時代までに確立した社会の様々なシステムが疲弊し始めていたのにもかかわらず、変化を恐れて大胆な改革に手をこまねいてしまいました。教育制度に関して言えば、マークシート方式の試験を象徴とする丸暗記重視のスタイル。これは工業化社会でマニュアルどおりに成果を出す人材育成のためのようなもの。創意工夫型の人材を生み出す基盤整備が遅れ、日本で起業率が低く、イノベーション競争に遅れている一因になっています。

 しかし、ここ数年は、各界の次世代リーダーたちが2020年のオリンピック・パラリンピック後の具体的な社会づくりを提案、実行する動きが増えてきました。小泉進次郎さんたち若手議員が少子化の歯止め策として「こども保険」を提案し、あるいは大企業を脱藩して起業や震災復興、地方創生に活躍するといった若者たちの活躍をみていると、次代への危機感が広がっていると感じます。

 私自身も負けないように2030年の日本を担う人づくりへ邁進したいと思います。グローバルで多様な価値観を受容し、学んだ知識を活用して自分の頭で創意工夫できる人材を一人でも多く輩出できるよう、「ポスト平成」を見据えた準備をしっかりと行います。今年は、皆さんと一緒に、新時代を迎える準備を本格化させたいと思います。

(東大・慶応大教授)

待機児童問題最大のパラドックスとその打開策 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第51回】

2017.12.12 Vol.701

 11月27日放送のBS日テレの討論番組「深層NEWS」に教育経済学者、中室牧子さんとご一緒に出演いたしました。テーマは「いまなぜ教育無償化か」。先の衆院選で、政権与党が教育無償化や待機児童対策を含む「2兆円パッケージ」を公約に掲げたことから、その意義や妥当性について議論しました。

「2兆円パッケージ」は11月末時点で、2兆円のうち8000億円が幼児教育と保育の無償化に充てられ、認可保育所に通う3〜5歳児は全て無償という方向性になっています。

 私が提案したかった待機児童対策は、総額2兆円ある児童手当のうち、3歳以上の中高所得者家庭の児童への給付はやめて、まず0歳から2歳までをメインターゲットにした小規模保育園の「おうち保育園」への機関補助に回すとともに、0歳から2歳までについては児童手当を月額3万円に増額することです。

 番組では、中室さんが機関補助の充実が一番必要だと指摘されており、その通りです。ただ、選挙公約としては、「無償化」をスローガンとしたほうがキャッチーだったでしょう。それでも、保育士や教員の確保が難しい都会では、親御さんに人材確保のための若干の追加負担をご理解いただく必要もあります。都道府県によって、本当に事情がバラバラです。国と自治体が、しっかり協力して、より洗練したスキームを作らねばなりません。

 一番の難問は、待機児童対策をすればするほど、待機児童が増えるというパラドックスです。受け皿づくりを進める政府の想定は約32万人ですが、民間の調査では、70〜88万人程度の試算もあります。実際、都会はなかなか新規に保育所を増やせません。そこで、このパラドックスを、緩和する解は、0歳から2歳までの児童手当を月額5万円くらいまで思いきり引き上げることと、職場の働き方改革が不可欠です。育児休暇明けも半日労働または在宅勤務を標準とするなど、職場復帰と子育ての両立を円滑にするためのきめ細かな対応と支援が必要です。

 これにより、0歳から2歳まではしっかり児童手当がもらえる、3歳からは、保育所又は幼稚園(預り延長保育含む)で、質の高い教育を実質無償で受けることができるという成長する権利の保障と安心感を、すべての子どもと保護者が持つことができます。その観点から、地方の保護者はお金、都会の保護者は受け皿がたらないのですから、それぞれ政策のカスタマイズが必要です。

(東大・慶応大教授)

いよいよネット投票実現へ動き出す!? 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第50回】

2017.11.16 Vol.700

 本コラムが先月掲載された後、政界の風景が恐ろしく一変しました。9月の3連休に衆議院解散の動きが突然報じられました。下落気味だった内閣支持率も回復の兆しをみせた一方で、民進党は新体制発足直後からスキャンダル騒動で大揺れ。「小池新党」の選挙準備も不十分であることから、安倍総理が一気に勝負に出てきました。

 ところが、小池百合子氏がここで電撃的な動きをみせます。水面下で進めていた新党旗揚げの準備を急加速させると、安倍総理が25日に記者会見で解散を正式に表明する直前に小池氏は緊急会見を行い、新党名を「希望」とすることと、自らが代表になることを明らかにします。

 もともとはその翌日に新党旗揚げの記者会見がある予定でしたが、1日早めてニュースを提供したのは、その日の政治ニュースが総理の会見一色になるところを、「安倍VS小池」の構図に持ち込むことだったのでしょう。実際、翌朝の新聞各紙の一面は総理会見がトップ扱いだったものの、準トップに小池氏の記事をもってきていました。まさに「目論見どおり」といえるでしょう。

 その後、民進党が公認候補を出さず、事実上、希望の党に合流する方向となり、維新などとも選挙協力が決定。これほど目まぐるしい政局の動きは、1993年の細川政権誕生や2005年の小泉総理が仕掛けた郵政選挙に匹敵、いや、それをも上回る激しさです。世の中が「小池劇場」に揺れる中、津田大介さんがツイッターで「今こそこの本を読もう」と勧めていたのが、4年前に刊行した拙著『テレビが政治をダメにした』(双葉新書)でした。

 この本は、情報社会学者としての知見を下地に、政治家時代に体験した生々しい話を加え、テレビに翻弄される政治の現場の実態に警鐘をならしたものです。本の中では、郵政選挙の事例から、テレビ番組、なかでも政治バラエティ番組に出ているかどうかが比例区の当落を分けている傾向などを明らかにし、政治家がテレビに迎合し、なかには芸能プロダクションと契約までして出演の機会を増やそうとする動きも指摘しました。

 政治がテレビに迎合し、テレビも政治を単純化・劇場化して伝えることに注力してしまわないか? 当たり前ですが、選挙で問われるべきは政策です。テレビ政治においては、“テレビ映え”しない、社会保障や教育、医療や年金といった地味でも非常に重要な政策の論議が後回しになる恐れがあります。いまこそメディア側に自戒を求めたいし、私たち有権者も厳しい眼差しで目を向けていかねばなりません。
(東大・慶応大教授)

やっぱりテレビが政治をダメにした 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第49回】

2017.10.15 Vol.699

 本コラムが先月掲載された後、政界の風景が恐ろしく一変しました。9月の3連休に衆議院解散の動きが突然報じられました。下落気味だった内閣支持率も回復の兆しをみせた一方で、民進党は新体制発足直後からスキャンダル騒動で大揺れ。「小池新党」の選挙準備も不十分であることから、安倍総理が一気に勝負に出てきました。

 ところが、小池百合子氏がここで電撃的な動きをみせます。水面下で進めていた新党旗揚げの準備を急加速させると、安倍総理が25日に記者会見で解散を正式に表明する直前に小池氏は緊急会見を行い、新党名を「希望」とすることと、自らが代表になることを明らかにします。

 もともとはその翌日に新党旗揚げの記者会見がある予定でしたが、1日早めてニュースを提供したのは、その日の政治ニュースが総理の会見一色になるところを、「安倍VS小池」の構図に持ち込むことだったのでしょう。実際、翌朝の新聞各紙の一面は総理会見がトップ扱いだったものの、準トップに小池氏の記事をもってきていました。まさに「目論見どおり」といえるでしょう。

 その後、民進党が公認候補を出さず、事実上、希望の党に合流する方向となり、維新などとも選挙協力が決定。これほど目まぐるしい政局の動きは、1993年の細川政権誕生や2005年の小泉総理が仕掛けた郵政選挙に匹敵、いや、それをも上回る激しさです。世の中が「小池劇場」に揺れる中、津田大介さんがツイッターで「今こそこの本を読もう」と勧めていたのが、4年前に刊行した拙著『テレビが政治をダメにした』(双葉新書)でした。

 この本は、情報社会学者としての知見を下地に、政治家時代に体験した生々しい話を加え、テレビに翻弄される政治の現場の実態に警鐘をならしたものです。本の中では、郵政選挙の事例から、テレビ番組、なかでも政治バラエティ番組に出ているかどうかが比例区の当落を分けている傾向などを明らかにし、政治家がテレビに迎合し、なかには芸能プロダクションと契約までして出演の機会を増やそうとする動きも指摘しました。

 政治がテレビに迎合し、テレビも政治を単純化・劇場化して伝えることに注力してしまわないか? 当たり前ですが、選挙で問われるべきは政策です。テレビ政治においては、“テレビ映え”しない、社会保障や教育、医療や年金といった地味でも非常に重要な政策の論議が後回しになる恐れがあります。いまこそメディア側に自戒を求めたいし、私たち有権者も厳しい眼差しで目を向けていかねばなりません。
(東大・慶応大教授)

スマホから始まる熟議メディアの時代 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第48回】

2017.09.30 Vol.698

 情報社会学者として、あるいは政治家時代も含め、マスメディアが制度疲労に陥り、政策が捻じ曲げられて国民に誤解され、最悪の場合は人の生死に関わるようなことまで目撃し嫌な思いもしてきましたが、インターネットから、ジャーナリズム、メディアのイノベーションを仕掛けようという動きが盛んになっていることに希望の光を感じます。

 そうした中、この9月、ネットメディア「NewsPicks」(ニューズピックス)からのオファーで、期間限定でプロピッカーを受諾しました。ご承知の方もいるかもしれませんが、スマホアプリのニュースで、ソーシャルメディアのように一人一人の利用者(ピッカー)が気になるニュースを拾って(ピック)コメントします。プロピッカーは各分野の専門家に依頼する編集部公認のピッカーで、9月は教育分野のニュースに力を入れたいということで、私が指名されたようです。

 プロピッカーになったのは今回が初めてですが、実はサービス開始当初の数年前からアカウントは作っていて、気になるニュースを時折ピックすることはありました。文部科学大臣補佐官在任中は多忙を極めたこともあり、ここ1年あまりはご無沙汰していましたが、今回、あらためて使ってみると、売り物の経済・ビジネスニュースを中心にプロから一般までピッカーの皆さんのコメントが鋭く刺激的です。

 特に面白いのは、「ステレオタイプ」な反応やお約束が覆されることがよくあることです。これまでのマスコミ報道では、情報を発信する側が、ある種の “ストーリー”を描いて不特定多数に流し、それが世論を形成する上で大きな流れを作ってきましたが、たとえば、ある会社の取り組みが「斬新」だとする新聞記事があったとすると、その分野に詳しいピッカーから「すでに欧米から5年遅れていて、今更騒ぐ日本のメディアが周回遅れ」といったツッコミも入る可能性があります。

 現状のシステムでは、ピッカー同士が議論し合うものではないようですが、私がさらに希望するメディアイノベーションの方向性としては、ユーザー一人ひとりが熟議を重ねて、社会の課題解決へと物事を前へ進める世論を生み出すことです。引き続き研究、あるいは機会があれば実践してみたいと思いますが、自分の頭で考え発信する人たちに刺激を受け、賛否問わず、またそれぞれ自分の意見を発信するために思考し、自問自答する環境が実現してきたことに、この数年の新興メディアの進化を感じています。

夏休みは「生きた学問」を身につけるチャンス! 【鈴木寛の「2020年への篤行録」 第47回】

2017.08.21 Vol.696

 大学も夏休みシーズンに入りましたが、私の方は相変わらず東奔西走しております。その一つが、中高生、大学生たちが「生きた学問」を身につける場づくり。この8月2〜4日には、「OECD生徒国際イノベーションフォーラム2017」が開催され、会場の代々木オリンピックセンターには、世界9カ国から300人の高校生と教員が集結。少子高齢化、移民社会、環境問題など2030年に直面する世界的課題を見据えて、議論・交流しました。

 この企画は、私が代表を務める「OECD日本イノベーション教育ネットワーク」が主催し、文科省や福島大学、教育やITなど各企業の協力を得て実現にこぎつけたものですが、もともとは東日本大震災後に私がOECDに提案して始まった、東北の中高生たちのプロジェクト学習「OECD東北スクール」が原点になります。2014年夏には、パリで集大成となるイベント「東北復興祭〈環WA〉in PARIS」を開催し、東北の魅力を世界に発信して15万人の来場者を集めるなど、世界的に注目されました。

 今回の「イノベーションフォーラム」も、かつてのパリと同じく生徒たちが自分たちで企画から実行まで主体的に運営。日本からは、震災復興やまちづくりを模索する東北の学生チームなど6つのクラスターが参加しました。私も開会挨拶に立ち、プレゼンテーションや、展示ブースでのポスターセッションをみたときには、その熱気に感銘を受けました。1、2日目の夕食後には交流会もあり、地域や国の枠、言葉の壁を超えた絆、見識を深めたことでしょう。

 一方、フォーラムに先立つ8月1日は、広島へ飛びました。こちらは広島県東部の神石高原町(人口9400人、福山市の北隣)と、慶應SFCが地方創生に関する連携協力協定を結ぶことになり、その発表記者会見でした。

 2カ月前の本コラムでも紹介しましたが、こちらはSFCが自治体とコラボレーションし、地方創生の研究・実践に励む大学院生なと゛の人材を、各地に送り出す「地域おこし研究員」の取り組みの一環です。神石高原町では、高校の統廃合による若者転出を抑制するための、地元高校の「魅力化」が重要プロジェクト。記者会見では、生徒たちがドローンの使い方をマスターして、災害や鳥獣被害対策を調べるといった構想が披露されていましたが、SFCで学んだ若者たちが地域の現場で、どういう実践をしていくのか非常に楽しみです。

 実践の場を通じて、学問で学んだ知識が血肉となります。その積み重ねが「正解のない時代」を生き抜くスキルを高めます。この夏休み後半、学生の皆さんには「生きた学問」を身につける機会を得ていただきたいものです。

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第46回 日本の高校が輩出するグローバルリーダー

2017.07.10 Vol.694

 まもなく日本の学校は夏休みに入りますが、4月からのスタートなので「一休み」という感じでしょう。一方、海外の学校は9月スタートで、6月には卒業式というのも珍しくありません。

 実は日本でもつい先月、卒業式を迎えた学校がありました。マスコミでもしばしば取り上げられているので、ご存知かもしれませんが、高校生を対象にした全寮制のインターナショナルスクール「ISAK」(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢)で、初めての卒業式を行い、52人の一期生を送り出しました。代表理事の小林りんさんが、開講準備している段階から私もアドバイザーとして応援してきましたので、軽井沢のキャンパスに喜んで伺いました。

 ISAKでは、日本の学習指導要領だけでなく、国際バカロレアを採用したプログラムを学び、語学力、国際的視野、リーダーシップとダイバーシティに対する感覚を養います。一期生は、米国のアイビーリーグにも加盟している名門大学や、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなど海外の大学に進む人、日本では、東大や阪大、早稲田、慶応などに合格しているようです。

 進学実績もさることながら、なんといってもISAKでしか得られない「学び」、それも一期生ならではのものがあったようです。小林さんもフェイスブックで「たくましくなった」と振り返っておられましたが、卒業生の代表が「関係者の皆さんと同じように、生徒たちも皆それぞれにリスクをとってこの新設校に飛び込んできました。この学校を、一緒に創り上げて来られたことを誇りに思う」とスピーチしていたのに、目を細めました。まだ10代で、ゼロから学校を作ってきた経験は一生の財産になるでしょう。

 学校は建物や教室などのハードさえ整っていればいいというわけではありません。もちろんICTなど最先端のスペックを備えるに越したことはありませんが、幕末維新の偉人たちを輩出した、かの吉田松陰の松下村塾がわずか三畳半の小さな部屋だったことを考えてみても、やはり、学校はそこに集う教師と学生が、どのような学びの文化を醸成し、コミュニティーを形成していくのかが重要なのです。その意味で、一期生が今後どのような飛躍をし、また、ISAKという学び舎もどのように成長していくのか、非常に楽しみです。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第45回 新幹線無料化なら究極の地方創生が実現!?

2017.06.12 Vol.692

 慶応SFCが、自治体とコラボレーションし、地方創生の研究・実践に励む大学院生などの人材を、各地に送り出す「地域おこし研究員」の取り組みが本格化しています。総務省の「地域おこし協力隊」制度(例・年間の報償費と活動費がそれぞれ200万円、最長3年間)や、自治体独自の制度等を活用することで、受け入れ先の自治体で研究員を任用してもらい、各地の街おこしを実践。大学側は、対面での指導だけでなく、現地とインターネットでつなぐことで遠隔で研究指導や学習を支援していきます。

 私の教え子たちは各地に続々と飛び込み、「スポーツまちづくり」「地域商社」「高校魅力化」など、先進的な企画をどんどん展開しています。SFCと鹿児島県長島町はこの2月に連携協力を締結しており、10人程度の研究員が任用される見通しです。
 長島町は私も昨夏、講演に行ってまいりましたが、東京から鹿児島まで飛行機を使い、そこから車に乗り継いで6時間程度かかります。たしかに遠いです。しかし、インターネットがこの距離を埋めることで現地に入った研究員は、首都圏にいる仲間に、中途経過や成果をリアルタイムにフィードバックし、逆に遠方の仲間たちからアイデアの提供を含めてコミュニケーションできます。

 現地の皆さんも、最新のビジネスノウハウを持った若い世代と一緒に触れ合うことで元気になる。公私に渡って関係性が密になり、特産品や観光などの新しい売り方といったかたちで地域のポテンシャルが引き出されていくことでしょう。

 ネットの普及により、遠隔でも、最新の知識や知恵、あるいは業務的なやりとりを日常的に行えます。最近流行りのシェアリングエコノミー的な観点でいえば、知識・知恵のシェアは当たり前になってきましたが、次は「人材のシェア」を都会と地方、あるいは地方都市同士で行う時代になるのではと予測します。たとえば新幹線がつながっている地域の大学で、専門家が少ない分野の教員を共有すれば、経営の効率化はもちろん、各地の学生の学びを深められます。

 ただ、その障壁で大きいのが移動コスト。最近はLCC(格安航空会社)が増えていますが、たとえば、自治体が「投資」として一定の条件をつけて招致したい人材に向けて「新幹線無料化」を行ったら、週の半分は東京で、もう半分は地方というライフ&ワークスタイルの人材が増えるのではないでしょうか。

 もちろん財政的な制約はあります。それでも夜行バスの無料化であれば、新幹線ほどコストはかかりませんし、検討に値するでしょう。真の地方創生へ、人のモビリティーがもっと着目されてもいいと思います。  
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第43回 新入生は「常識を疑え」

2017.04.10 Vol.688

 東京の桜が全国でもっとも早く開花したのは、2008年以来のことだそうです。本稿執筆時点で満開になりましたが、今年の新年度は冬場を思い起こさせる寒さの中で迎えました。私が教員として所属する大学のうち、慶應義塾大学のほうは4月3日に入学式を終えておりますが、東京大学は15日に挙行します。本稿掲載号が配られる数日後になりますが、その頃には春らしい陽気に包まれているといいですね。

 新入生に最初に一言、アドバイスすることがあるとすれば、「疑う」ことを身につけてほしいことです。おそらく、新入生のほとんどの皆さんは、受験勉強に没頭するうちに、教科書や先生に教わった通りに知識を習得することに慣れきっていたと思います。もちろん、正確に公式や定理、歴史的事実をきちんと押さえることは学問の基礎なので重要ですが、受験勉強であればマークシートのように一つだった「正解」も、大学での学問は、いろいろな考え方があります。

 皆さんは、社会に出れば、正解のない難問を次々に解いていかねばなりません。いまの30代や40代の人たち以上に、皆さんは、どんな分野に進んでも、社会の急速な変容に直面し、それまでの常識が覆されることの連続になるでしょう。だからこそ、「常識を疑う」トレーニングを、この4年間、みっちり積んでいっていただきたいのです。

 毎年学生たちには「書を読み、友と語らう」ことを心がけてほしいと言っています。特に後者のコミュニケーションの価値は、大学に通う意味においてますます高まっています。いまや、知識の習得だけであれば、MOOCs(大規模オンライン授業)のようにネットだけでもできてしまう時代です。

 それでも、なぜ大学に通うのかといえば、リアルに仲間と語らうことが重要な意義の一つだからではないでしょうか。教科書に書いてあることが正しいのか、それとも違う考え方があるのか、恩師や学生たちと議論することによって、視野が広がり、思考が深まります。どんどん、その積み重ねをしていただきたいと思います。

 政治の世界から大学の教壇に本格復帰して、今年で4年目になりますが、90年代後半に教えていた頃に比べ、LINE等のSNSが普及した割に、リアルなコミュニケーションが苦手な学生が増えたことを実感します。最近の学生は、電話をかけることすら億劫なのですが、学内外でさまざまな人脈を増やし、対話の経験値を積んでほしいものです。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに【鈴木寛の「2020年への篤行録」第42回】

2017.03.13 Vol.686

 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。

 献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。

 まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。

 その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。

 私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。

 今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

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