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逃げ続けることが、人生だった。『罪の声』【著者】塩田武士

2017.02.28 Vol.685

 グリコ・森永事件をフィクションで描いた『罪の声』。多くの謎を残し終焉した昭和最大の未解決事件「グリコ・森永事件」を題材に物語は展開。2人の男による、ある意味執念の捜査により明らかになった事件の真相とそれに関わった人々の苦悩が綴られた長編小説だ。

「ギンガ萬堂事件」?その第一幕は社長の誘拐から始まった。その後、商品の菓子に毒物を仕込み企業を脅迫、身代金を請求するという、前代未聞の事件が世間をにぎわせた。それから31年後、新聞社の文化部の記者・阿久津は年末企画の“昭和・平成の未解決事件”という特集で、その「ギン萬」事件を担当することに。時効が成立し、証言者たちの記憶も大分薄れている事から、事件の真相に迫る調査は難航するが、“今だから言える”という真実の証言を得て、じわじわとその真相に迫っていく。同じころ、この事件を調べ始めたもう一人の男、京都でテーラーを営む曽根俊也。企業への身代金取引の電話には子どもの声が使われていたのだが、母の部屋で偶然見つけたカセットテープに、事件に使用されたと思われる脅迫文を読む子どもの声が録音されていた。しかも、その声は紛れもなく幼い頃の自分…。果たして、俊也の死んだ父親は事件に関係していたのか? さらに、自分以外の子供の声は一体どこの子供なのか? また、阿久津は事件の真相にたどり着けるのか? 事件の裏に隠された悲しい真実。そこには事件をきっかけに人生を翻弄された普通の人々がいた!? 

 誰もが知る有名な事件を推理し、その事件に関わった人たちの波乱の人生を大胆予想した、エンターテインメントフィクション。

“こだわり”がハンパない作品 北九州芸術劇場プロデュース『しなやか見渡す穴は森は雨』

2017.02.25 Vol.685

 北九州芸術劇場では2008年から「地域色豊かな作品を北九州から全国へ発信する」同劇場のプロデュース公演を展開している。

 演劇界の最前線で活躍する演劇人を北九州に招き、約1カ月間滞在してもらい、地元の役者・スタッフとともに作品を創作する。作られる作品は時代とともに変わりゆく北九州の街やそこに住む人々の姿を描いたもので、とことん「北九州」にこだわった企画となっている。

 今回は2012年に「第56回岸田國士戯曲賞」を受賞したノゾエ征爾を作・演出に迎える。

 作品は“愛”というテーマに潔く真正面から向き合い、恨み、妬み、哀しみ、一色に染まり切れないさまざまな愛の色を描いた群像劇となっている。さまざまな“生きづらさ”を抱えた人々が“行きづらく”なっているという舞台美術にも注目だ。

 ノゾエは今回の作品について「北九州について語る作品ではなく、北九州の血が通う作品にしたい」と語っている。最近ではさいたまゴールドシアターの作・演出を手掛けるなど同世代の演劇人の中でも特に幅の広い活動をするノゾエが“北九州”という地で何を感じ、どんな作品に仕上げてくれるのか。

みっともなくてもいいじゃないか。『私はいったい、何と闘っているのか』

2017.02.13 Vol.684

 つぶやきシローによる、妄想ワールドさく裂の、切なくおかしい家族小説。伊澤春男、45歳。地域密着型スーパーマーケット、スーパーうめや大原店のフロア主任。店長の右腕として、店を自分がまわしているという自負はある。

 そんなある日、店長が急死。密かに次の店長は自分だと思っていた。しかし、他の人に「店長になったんだって?」と言われると「僕なんて店長の器じゃないですから。それに店長になるのが目的で働いてないし」と返してしまう。その裏で、静かにさりげなく店の改革に臨み、その改革が功を奏し、革新的なアイデアを持つ店長としてテレビの取材に。次の日から帽子をかぶらないと町を歩けなくなり、通称“店長ギャル”が店に押し寄せ、店頭には店長関連グッズが…。と、現実と妄想の境が分からなくなる世界へと突入していく。家に遊びに来た長女の彼氏にいいところを見せるための“ヘネシー作戦”、そして息子を野球とサッカーの二刀流に育てるための秘策などしょうもない事、荒唐無稽な事を大真面目に実行する春男。

 だが、妄想ワールドでは完璧な作戦のはずが、ちっとも思うようにいかない。家庭の問題だけでもあたふたしているのに、新しい店長は店になじまないし、万引犯による被害も見過ごせないものになってきた。陰の店長(のつもり)としては、店の一大事をなんとかしなくてはならない。そんな時、万引犯の犯行現場を目撃してしまい…。つぶやき芸の極みのような妄想小説だが、滑稽さの裏にある温かさが、読後感をさわやかな気分にしてくれる。おもしろくて、哀しく切ない、そしてほっこりとする不思議な作品だ。

【定価】本体1500円(税別)【発行】小学館

いろんな意味で見たことのないものを見せてくれそう M&Oplaysプロデュース『皆、シンデレラがやりたい。』

2017.02.11 Vol.684

 M&Oplaysプロデュースではこれまで岩松了、倉持裕、ノゾエ征爾といったさまざまな劇作家・演出家を迎えプロデュース公演を行ってきた。

 今回は現在の演劇界で最も注目を集める存在といっても過言ではない劇作家・演出家の根本宗子を作・演出に招いての公演。

 物語は、「一ノ瀬陸」というアイドルの「追っかけ」である3人の40代の女たちと、一ノ瀬陸の彼女を中心に展開。この3人の「負け組」と地下アイドルもやっているという彼女、そしてそのマネジャーの男も加わり、一ノ瀬陸というアイドルを中心に奇妙なバトルが展開される。

 互いの利害が絡まり敵と味方の立場がころころと変わるうちに、それなりの友情や利害で結びついていた3人の仲にも微妙な空気が流れ始める。そして彼女のエキセントリックさが徐々に露呈されていくうちに物語は思わぬ方向へと流れていく。

 根本はこれまで同世代の俳優たちとの仕事が多く、また「アイドル」に対する造詣の深さから舞台経験のない女優やアイドルの魅力を引き出すことに長けてきた。

 今回は高田聖子、猫背椿といった経験豊富な女優たちと対峙し、どのような作品に仕上げることができるのか。高田らのこれまで見たことのないような魅力も引き出してくれそう。そんな見方も面白い。

清水 宏「下北沢演芸祭2017」で本紙イチオシの男

2017.01.22 Vol.683

2月1日から下北沢で「第27回下北沢演劇祭’17」と春風亭昇太プロデュースによる「下北沢演芸祭2017」が開催される。さまざまな作品、演目が並ぶなか、本紙がイチオシするのが演芸祭の「爆笑!スタンダップコメディ寄席!」に出演する清水宏だ。

クドカンの書く台詞をとことん堪能する『クドカンの流儀』

2017.01.22 Vol.683

 札幌で生まれ育ち、これまでに『北海道歴史ワンダーランド』などディープな北海道シリーズを連発してきた著者が初めて地元以外をテーマに書き下ろした珠玉の一冊。今回のテーマは脚本家にして俳優であり、はたまたロッカーでもあるクドカンこと宮藤宮九郎の作品から名(迷?)セリフをチョイスし、それをとことん堪能するというものだ。

 著者は『あまちゃん』第1回終了直前にナレーターの宮本信子が「はい、やっと出ました! これが私、天野夏でございます」と言うセリフとともに本人が海女の姿で海の中から登場するアンビリーバブルな構成に、後のあまちゃんブームを確信したと語る。

 納得。文章はポップで読みやすいが、セリフに対する考察は鋭い。あまちゃんのアキ(能年玲奈=現在の芸名はのん)に対して母・春子(小泉今日子)が発した「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華も無いパッとしない子」と言うセリフに対して、筆者は「一体どんな親子なんだと思います」としながら、母の故郷(袖が浜)で暮らすうちに起こったアキの心の変化を丹念にひもといていく。

 過去の自分を壊したくなるが変わる方法も分からないし、勇気もない。そんな弱虫の背中を押したのは夏の「飛び込む前にあれこれ考えだってや、どうせその通りになんね。だったらなんも考えずに飛び込め。何とかなるもんだびゃ。死にたくねんだからな。あっははは・・(笑)」の一言だったと結ぶ。

 確かにアキが祖母からそう言われ、防波堤の上から発作的に海に飛び込み、もがきながらも水面に顔を出し、荒い息とともに笑いを込み上げるシーンは感動的だった。

 セリフの分析が人生&恋愛論になるところもあり、最後まで飽きさせない。『タイガー&ドラゴン』で使われた「ダメでも笑うんだよ。どんなに追い込まれても平気で笑ってられんのが本物なんだ」というセリフから笑いの本質を探っていたことも興味深い。「じぇじぇじぇ!」の向こう側を探求したい方にはお薦めの独自の視点が眩しい評論集だ。

子供鉅人「下北沢演劇祭」ならではの暴挙!? 本多劇場に115人の出演者を上げる

2017.01.22 Vol.683

「下北沢演劇祭」に参加する子供鉅人は今回『マクベス』で本多劇場に初進出するのだが、「“本多劇場初”なことをやってみようということで、本多劇場の舞台に100人の出演者を上げることにしました」と言うのは主宰の益山貴司。

 これまでの最多が2003年の流山児★事務所『書を捨てよ、街へ出よう』の54人とのことなので軽くオーバー。

「HPなどでは114人になっていますが、最近、高知からどうしても出たいという人が来まして、115人になりました。そのうち劇団員は10人。年齢は18~69歳。60代以上が4人いて、さいたまゴールドシアターに出ていた方もいらっしゃいます。お金がある商業演劇とか、公共ホールが税金を使って市民劇に100人出演させるというのは、まああるじゃないですか。そうじゃない全く金がない小劇場のチームがそれをするということにちょっと誇りを感じています」

 100人をどう使う?

「メインの役は劇団員なんですが、台詞を割って、できるだけアンサンブルの方にも台詞を言ってもらうようにはしています。群集劇ですから、ガヤとメインというよりも、その100人もちゃんと意識を持った存在として舞台に上がるようにしようと思っています」

 とはいえ、そんな話題性ばかりに走った作品というわけでもない。『マクベス』は劇中では何度も「男らしさ」や「女らしさ」といったことが言及されるのだが、今回はマクベスを女優の億なつき、マクベス夫人を男優の益山寛司と男女を入れ替え配役。それによって「らしさ」というものの本質に迫っていく。

「弟の益山寛司はずっと女形をやっているんですが、彼にマクベス夫人をやらせたいという思いがずっとありました」

 益山寛司という女形がいてこその、まさに子供鉅人“らしい”作品。

「100人を舞台に上げるというのは最初はけれんだけだったんですが、とはいえあれだけの作品ですし、やる以上は上演する意味なんかも問われてくる。楽しいだけのわちゃわちゃしたエンターテインメントだけにはしたくない。そうじゃない子供鉅人の側面を見せたいと思っていて、現代社会の世相といったものをうまく取り込むことができないかとずっと考えていたんですが、ある時、新宿の街である風景に出くわした時に僕のそういう思い、マクベス、そして100人の出演者といったいろいろなピースがひとつになった。今は必然性のある100人の出演者だと思っています」

 すでに土曜のマチネに追加公演も決定。作品の面白さはもちろんなのだが、とにかく115人をどう切り回すのかといった別の楽しみもある。必見の作品。

劇団子供鉅人『マクベス』
【日時】2月10日(金)~12日(日)(開演は金19時、土14時/19時、日14時。開場は開演30分前。受付開始は開演1時間前)
【会場】本多劇場(下北沢)
【料金】全席指定 前売4000円、当日4500円/学生2500円/高校生以下1000円
【問い合わせ】劇団子供鉅人( contact@kodomokyojin.com 〔HP〕 http://www.kodomokyojin.com/ )
【作】ウイリアム・シェイクスピア
【演出】益山貴司
【出演】益山寛司、キキ花香、影山徹、億なつき、ミネユキ、山西竜矢、益山U☆G、古野陽大、うらじぬの、益山貴司 他100名

大阪で大阪の俳優たちと制作 庭劇団ペニノ『ダークマスター』

2017.01.22 Vol.683

 この『ダークマスター』は1995年にヤングチャンピオンという青年漫画誌に掲載された漫画を原作とする作品。

 舞台は超一流の腕を持つが偏屈な人間性と極度のアルコール中毒のため、全く客が来ないマスターが一人でやっている小さな洋食屋。そこにある日、一人の若者が東京から客としてやってくる。マスターは「自分の代わりにここのシェフになれ」と提案するが、若者に料理人の経験はない。マスターは若者にイヤホン型の小型無線機を渡し、自分は二階に隠れ、無線を使って若者に料理の手順を伝えるというのだが…。

 かつて2003年に駅前劇場、2006年にこまばアゴラ劇場で上演されたこの作品。今回は3年間に渡り、タニノが大阪に足を運び、大阪の俳優とワークショップを重ねて制作。物語の舞台も大阪に変え、大幅に脚本も書き換えて昨年5月に大阪で上演した。

 もともとこの作品に「資本主義社会の支配/被支配体系をユニークに表現した作品」という印象を持っていたタニノ。この3年間の大阪は橋下徹大阪市長が活躍するなど激動の時期。そんな世相が作品にどのような影響を与えたのかといった点も注目して見てみたい作品。

2020年を控えた今の東京に微妙にシンクロ シアターコクーン・オンレパートリー2017+キューブ20th,2017『陥没』

2017.01.22 Vol.683

 Bunkamuraシアターコクーンで2009年に『東京月光魔曲』、2010年に『黴菌』と昭和の東京をモチーフとした作品を発表し、「昭和三部作」を目指したケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)。なにしろ多忙の身とあって7年の月日が経ってしまったが、このたび待望の完結編となる3作目が上演されることとなった。

 第一弾では昭和初期、第二弾は昭和中期ときて、今回は昭和の東京オリンピックを目前に控えた時代が舞台。

 敗戦からわずかな年月で復活を遂げた日本にとって、東京オリンピックはその輝かしい成果を世界に示す晴れの舞台だった。スポーツ競技とは別のところで道路、さまざまな施設やビルの建設、新幹線など発展していく街の様子を誇らしく眺め、これを機に一攫千金をもくろみ、成功した者もいた。しかしその一方で、その時代、その場所に居合わせながら時流に乗り遅れた者たちもいた。この作品はそんなオリンピックとの因縁に翻弄される人々を描いた群像劇。

 2020年のオリンピックまであと3年となり、何かと騒がしい現在の東京。物語と現在が微妙にシンクロしなにやら妙な気分になりそう。

落語界の裏側、全部バラします『そこでだ、若旦那!』【著者】立川談四楼

2017.01.08 Vol.682

 落語立川流の真打・立川談四楼によるエッセイ。ヘヴィ・メタル専門誌「BURRN!」に連載したコラムから抜粋し、加筆訂正し再構成した。著者は、いくつもの連載コラムやエッセイを新聞・雑誌等に持っている(持っていた)ほか、小説も多数出版するなど作家としても人気の落語家である。そんな談四楼が、自分の所属する立川流、そして師匠である立川談志の事はもちろん、落語会の裏話を赤裸々に暴露。例えば、弟子が師匠を殴り廃業した事件。話はそこで終わらず、その弟子はスルーっと別の団体の師匠のもとに行き、落語家を続けている。閉鎖的なところもある落語界での、この出来事は、ファンも何がどうなってそうなったのか分からないところがあったものの、何となく“そういう事もありなんだ…”とうやむやのままになっているのが現状だ。しかし、この本にはその師匠と弟子、引き取った師匠の実名のほか、事の顛末が詳細に書かれており、思わず“そういう事だったんだ”と納得させられる。もやもやしていた落語ファンは膝を打ち、落語を知らない人は、その人間関係や協会間の微妙なパワーバランスに驚きつつも、興味深く読める。また、談志をはじめ亡くなった落語家についても書かれているのだが、改めて読むと若くして亡くなった落語家がなんと多い事か。しかし、談志以外の落語家の多くは話題にもならないばかりか、新聞でもほんの数行の訃報記事しか出ない。談四楼は先輩、同期、後輩として彼らを身近に見ていた者として、それぞれの生きざまに優しい目を向ける。そんな魅力的な落語家の噺を聞きに、寄席に足を運びたくなる一冊。

【定価】本体1500円(税別)【発行】シンコーミュージック・エンタテイメント

「空気を読む」の正体に迫る 二兎社公演41『ザ・空気』

2017.01.08 Vol.682

 2014年に森鴎外をモチーフとした『鴎外の怪談』、2016年は女流作家・樋口一葉の生涯を描いた『書く女』と明治期を舞台とした作品が続いた二兎社だが、今回は日本の「今」を描く現代劇。それもテレビ局の報道現場というメディアの最前線で、実際に起こっているであろう問題を題材に、昨今の日本全体を覆う「空気を読む」という独特の現象の正体に迫る。

 舞台はある大手テレビ局の報道局の一角。その日の夜、局の人気報道番組で、ある特集が放送される予定だった。近頃では珍しい力の入った「調査報道」。デリケートな内容とあって、局内でも慎重に扱われてきた案件なのだが、放送数時間前になって局の上層部から突然の内容変更を命じられ、現場は大混乱に陥るのだった。
 テレビの報道現場という見知ってはいるが身近ではない場所を舞台に喜劇のスタイルで描くことで、観客には俯瞰した状態でこの現象の正体が提示される。ただそれは“向こう側”だけのことではなく、我々自身のことでもある。

 笑った後に「う?ん」とちょっと考えさせられる作品だ。

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