“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第114回目は、MKタクシーについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
MKタクシーがめっちゃいい。
昔、渡辺直美が「MKタクシーしか乗らない」と話していたことがあった。ようやく、その理由がわかった。他のタクシー会社にはない、圧倒的な快適感がある。
自宅からタクシーで移動する場合、迎車(配車)してもらう形で目的地まで行くことが多い。一般的に、タクシーの配車料金は300円ほどだと思う。一方、MKタクシーは、配車1台につき500円かかる。
ちょっと高いのには理由がある。
東京で MKタクシーを呼ぶと、 ベンツ、レクサス、アルファードなど高級車両しか来ない(大阪や名古屋などでは異なるらしい)。しかも、コンセント、無料Wi-Fi、TVが完備されている。ホテルが自宅までやって来るんだ。配車料金こそ高くなるもののロールスロイスまで呼ぶことができるという。同車の乗り心地を知りたければ、実はMKタクシーが数千円で叶えてくれる。
予約を取る際は、乗車する人の名前と目的地を伝える。そのため、乗車してから目的地やルート確認などをすることはない。そう、あの煩わしいやり取りがが一切ない。エスコートされ、乗車すれば、目的地まで一直線。極端な話、一度の会話をしなくても目的地まで着いてしまう。完璧なプライベート時間。
なんでもオリンピックの時期は、全く予約が取れなかったらしい。一度電話した際、「予約が取れない」と言われ、「今の期間は2日前には連絡がほしい」と釘を刺された。それなりにお金を持っている人、もしくは関係者を送迎するためにこぞってMKタクシーが使われたのかもしれない。
MKタクシーは、他社タクシーのように「野良」がいないはずだ。基本的に予約をして来てもらう。他のタクシーのように、町を回遊していることはない。タクシーを必要としている人のためだけに動く。なんだかプロフェッショナルだ。
このコラムでも書いてきたように、タクシーでは良いことも起これば悪いことも……どちらかというと後者の方がよく起きる。道をよく把握していない人、やたらと話しかけてくる人などなど、わざわざ電車ではなくプライベートに特化したタクシーで移動しているにもかかわらず、電車で移動するよりも煩わしいことが発生しがちだ。
2回うれしくなるようなことが起こり、6回は何も起こらず、2回は面倒の極みのようなことが起こる。そういったタクシーも、エピソードを拾うという意味では悪くないかもしれない。MKタクシーは10回すべて何も起こらない。でも、とにかく居心地がいい。
そんなMKタクシーに乗ったときのお話。
車が到着すると、俺はわけのわからない高揚感を覚えていた。なんといってもベンツだ。同じタクシー代にもかかわらず、これから高級感に包まれながら目的地まで運んでくれる。
時間は深夜。目的地までのおおよその料金は理解している。ゆえに、料金を気にすることなく、車に揺られていた。到着。そして、俺は驚愕した。
普通のタクシーであれば、料金メーターが丸見えになっている。ところが、MKの料金メーターには、特注のポケットカバーのようなものが付いていて、料金が見えない仕様になっていたのだ。会計時に、はじめてそれが明かされる。御開帳である。まるで俺を運んでくれたタクシー、その料金が秘仏であるかのような演出。何かとてもありがたいものを見たかのような気分になってしまい、俺は手を合わせたいくらいだった。
おそらく MKを選ぶ人に、細かな料金を気にする人なんていないと思う。それでも料金が上がっていく様子を見ると、気になってしまう人はいるだろう。そんなストレスを感じさせないために、こういった工夫がされているのだとしたら――。何より、料金を隠すだけで、こんなにも品が生まれるなんて驚いた。
格式のありそうな小料理店に行くと、時折、値段が書かれていない(もしくは「時価」と書かれている)ケースがある。不思議なもので、ボロボロな佇まいの居酒屋だったとしても、値段が書かれていないだけで緊張感が走る。「こんな内観をしているけど、きっとあの大将はどこかの名店で修業を積んだ料理の達人なのかもしれない」などと思い込んでしまう。値段が書かれていないだけなのに。
表記があれば、これは安いとか高いとか「コスト」の話をし始める。大人数で行くと、なおさら値段を気にしてしまう。だけど、高級というのは、安い高いの範疇ではなく、値段を払えるのは当たり前という前提の上に成り立つサービスなのだと気が付かされた。「パフォーマンス」を見てくれよって。料金を隠すという効果には、本来であれば感じることのできなかったifを演出させるのかもしれない。
まさかそれを、タクシーの中で体感するとは思わなかった。
何より運転手から、 運転手然としたオーラがあるのがいい。タクシーに乗ると、この人は別にタクシー運転手になりたくてなったわけじゃないんだろうな――なんて瞬間を感じることが少なくない。でも、MKタクシーに乗ると、皆、なりたくてこのハンドルを握っているんだろうなという気がする。気のせいかもしれない。だけど、どの業界にも“頂”があるんだなということを教えてくれるMKが、俺は好きだ。