文学にほぼ興味がなくても『舞姫』を読まされたことがある、という人は多いのではないか。読んだことがなくても、「森鴎外」という名前はご存知なのではないだろうか。
明治の文豪・森鴎外は、昨年で生誕150年を迎えた。これを記念して鴎外ゆかりの地である文の京(ふみのみやこ)・文京区では、昨年から多くの催しがなされている。オペラや講演会、展示会等多岐に及んで鴎外にまつわる事業を展開。これらの催しは総計37000人もの参加を得るなど、大盛況であった。
そんな50以上にも及ぶ多くの催しのうちのひとつが「文の京ゆかりの文人銘菓」。いま流行りのスイーツ企画かと思いきやお門違いもいいところ。文京区の知名度やイメージをアップさせるためのガチなイベントだ。
文京区は、文京区でしか味わえないものを文京ブランドとして打ち出し、まちあるきを楽しむという観光スタイルを展開している。以前にも「食の文京ブランド100選」として、様々なジャンルの選りすぐりの食で大きな反響を呼んだ。そこで今回も「食」をテーマに事業を開始し、「観光土産品」の開発に乗り出したのだ。なぜ「菓子」に焦点を当てたのかというと、お土産として持ち帰ったり広めたりすることが比較的しやすいから。私自身も楽しく食べ歩きをし、お菓子を持ち帰っては家族と文京区の話題で盛り上がった。
歴史と文化が豊かな文京区には、ゆかりのある文人も多い。今回は森鴎外、夏目漱石、樋口一葉にちなんだ銘菓の製作販売が行われた。文京区内の菓子製造業者に呼びかけ、銘菓を制作・販売する店舗を公募。いくつかの条件を満たした17種類の菓子を 「文の京ゆかりの文人銘菓」と認定した。森鴎外に関する銘菓は11種。このうちのいくつかを紹介していきたい。
突然ですが、皆さんは森鴎外にどのようなイメージを抱いていますか。
教科書に載ってしまうくらいだから、お堅いイメージを持っている方も多いのではないだろうか。しかしそんなイメージからは想像し難いことに、彼は超甘党のおじさん。特に好んで食べたのが「饅頭茶漬け」…想像しただけで口の中が甘ったるくなってくる。あっさりしたお汁粉のようでおいしいらしいが、自他共に認められている甘党の私でもこれには驚きを隠せなかった。
この饅頭茶漬けをイメージして創った銘菓は、松右衛門の「鴎外餅」と本郷三原堂の「抹茶漬け」。あくまで茶漬けの「イメージ」であり、ごく普通のお饅頭である。さすがにお茶漬けにして売るチャレンジャーな店はなかったが、イートイン限定でお茶漬けにしたらどのような反響があったのか・・・と考えてしまった。松右衛門の店主さんは「よくテレビの取材が来る」とうれしそうに話していた。本郷三原堂の店内には、「お茶をかけないでね…」という但し書きがされており、面白い。さらに鴎外は、杏や梅などを煮て砂糖を掛けて食べるのも好きで、TIESの「ケーク・アンジュ」はそんな嗜好をイメージして作られた。ラム酒がよく利いている杏がアクセントで、シンプルながら飽きが来ないおいしさだ。
ドイツ留学という視点から創作された、パティスリーシモンの「エリス」。店内に入ると甘い香りが広がり、幸せな気持ちになる。「エリス」はハートの形をした洋菓子で、ピンクのパッケージが可愛らしい。美少女エリスを髣髴させる。
鴎外の住居「観潮楼」をイメージして創られた「観潮楼のいちょうサブレ」は都営三田線・白山駅を出てすぐの洋菓子店ル・ボン・ヴィヴァンで売られている。バタークリームサンドのクッキーにオレンジピールを混ぜたもので、他にはない味わいを堪能できる。
作品からインスパイアされたお菓子もある。あめ細工吉原の「お玉」は、『雁』に出てくる登場人物、ゆかりの地をイメージして作られた飴ちゃんだ。入れ物は鳥かごのようで、細部にまでこだわりがありとても可愛い。
そして和洋折衷されたお菓子「The Vert-鴎外(テベールおうがい)」。饅頭、くず餅、焼きいも、チョコレートなど鴎外にまつわるお菓子が盛り込まれている。東京ドームホテルのガーデンテラスで観覧車を眺めながら食すことができる贅沢な逸品だ。
鴎外ひとりからこんなにも幅広く和洋菓子が考案されたということに、文人への思いの強さを感じる。いくつかのお店によると「これらの文人銘菓を目当てに来店される方も多いです。広い年代層の方々に好まれてはいますが、やはり多く来店されるのは50~60代くらいの女性ですね。家族連れで来られる方もいらっしゃいます」とのこと。
先月までは文京区にちなんだ豪華商品付きのスタンプラリーも行われており、まちあるきをしながらお菓子を楽しむ方々から多くの応募があったそうだ。私も参加して、銘菓商品券を当てた。「文の京ゆかりの文人銘菓」の企画自体は今月31日までの実施だが、店舗によっては今後も継続して発売される。
文京区はアップダウンが激しい地形が特徴。歩くのは大変だが、その分見ごたえのある「鴎外ゆかりの地」がたくさん。さまざまな場所から現代と明治時代が交差していることを体感でき、実に贅沢な散歩を楽しめるところなのだ。
鴎外生誕150年を記念して建てられた「文京区立森鴎外記念館」。ここでは鴎外の多彩な活躍にならって様々な鴎外普及活動が行われており、文京区の新たな文化交流地点として期待が高まっている。今後もこの記念館を中心とし、他の博物館等とも連携して展示や講演会を行っていく。さらに鴎外だけにとどまらず、他の文人たちの情報発信も進めていく方針だ。
区民の目線に立った面白い事業を日々展開し続けている文京区。今後が楽しみだ。(本紙インターン・沢井めぐみ)