“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第111回目は、思い入れについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
「徳井さんて、肌着とか来ないんですか?」
数年前、仕事で共演したやす(とにかく明るい安村)から言われた一言。自覚はしていた。自分の脇を見ると、素肌に直接着たパーカーに、じっとりと脇汗がにじんでいる。やすも、気になって指摘してくれたのだろう。これじゃ仕事に集中できなかっただろうに。
少し恥ずかしくなった俺は、肌着というものを初めて意識した。緊張感を伴う仕事が増えれば、今後、脇汗をかく機会も増えるかもしれない。「これからは着用しよう」。さっそくユニクロの真っ白な肌着を10着ほど購入し、脇汗対策にいそしんだ。
あれからどれくらい経っただろう。
先日、麻雀を打っていると、突然、「徳井さん、ワクチン打ったんですか?」と聞かれた。なぜ脈絡もないこのタイミングで? これが噂のワクチンハラスメントか――などと思っていると、彼は俺の腕を指さす。
伸びきった肌着がTシャツの下から顔を覗かせていて、あたかも二の腕にガーゼがかぶさっているような状態になっていた。正体の主は、あのとき買った10枚のうちの一枚だった。
「恥ずかしい」
と思った。 ただただだらしなく伸びきった肌着がTシャツを突破して、求めていない自己主張しているその様子は、羞恥心を掻き立てるに十分すぎる。俺が、終始ハラスメントしていたようなもの。
家に帰って、よくよく肌着を見てみると、だらしないのなんのって。真っ白だったはずなのに、オフホワイトのように変色していて、よれよれ。着丈は膝上まで伸びていて、湯葉でできたハイパーミニを着用しているような俺が鏡に映っていた。
俺も芸能界の末席にいる人間。こんなみすぼらしい格好を人に見られたのでは、あまりに申し訳ない。数日後、仕事で飛行機に乗る機会があったので、空港のユニクロに立ち寄り、同型の新品肌着を探したものの見つからない。約7年の間に販売休止になったらしく、仕方なく巷を席巻しているエアリズムなるものを買ってみた。
真っ白な肌着。再び、同じものを10着買うことにした。
そのことを当コラム担当編集A氏に告げると、「なぜまた同じもの10着買う?」と言われた。曰く、「白は乳首が透けるから、どうせ10着買うんだったらブラックやネイビーも買ったほうが着回しがきくじゃないか」と。
なるほど、その発想はなかった。でも、俺としてはコカコーラをレギュラー、ライト、ダイエット……それぞれ三種類ずつ買わないのと一緒の感覚。「コーラとエアリズムは違う」と言われたものの、「これだ」と思ったものを徹底して買ってしまう。同じものを買い続けているのは、俺の中で“ゴールが見つかっている”からであって、歯磨き粉も缶ビールも同じものしか買わない。肌着のゴールが、ユニクロなんだ。
俺が服に対してまったく無頓着なことは、以前『「モテたい」よりも「面白いと言われたい」という欲が、服装に表れる』でも説明した通り。カジュアルな場所は T シャツでいいし、フォーマルな場所はジャケットを着とけばいい。世の中なんて、それでどうにでもなる。
時計に関しても、まるでこだわりがない。以前、『とんねるずのみなさんのおかげでした』内の「買うシリーズ」で、80万円ほどの高級時計を買った。でも、2~3年もすると「腕時計なんて必要ないな」と気がつき、質屋に売り飛ばした。
「とんねるずさんの番組で買った思い出の品でしょ!? “「買うシリーズ」で買った時計”ってだけで付加価値がすごいじゃない。なんで売れる!?」
再びA氏が異を唱える。でも、その発想もなかった。
腕時計なんて付けていなくてもどうにでもなる。とんねるずさんのことを好きなことと、とんねるずさんの番組で買った腕時計は別腹。
着用していたときから何度か忘れて帰ってくることがあった。「忘れるってことはいつか失くすな」と感じていた。だったら失くす前に、お金に変えた方がいいと思い、質屋へ走った。質屋の買い取り価格は、20~30万円ぐらいだったような気がする。
思い出がないのか、はたまた思い入れがないのか。とにかく生きていて、そういった感傷にひたる機会があまりない。相方である吉村は、「あのときはこうだったよなー」とか、「この店、潰れたんだ!? ここにはあんなものがあって」みたいな話をするのが好きだけど、俺は思い入れがないからか、そういう話に興味が持てない。すでに無いものについてあーだこーだと話すより、今あるものについて話した方がいいと思ってしまう。
そう考えると、俺が新宿や渋谷が好きな理由もなんだかわかった。次から次へと新しいものができていく新宿や渋谷は、思い入れが幅を利かしてくるなんてことが少ない。だから、俺は好きなんだ。思い入れがないと、エアリズム白を10着即決購入できるように、案外、決断も早くなるのかもしれない。迷わなくていいかもしれない。