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小森の小言 | TOKYO HEADLINE - Part 5
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GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第29弾 このコミュニケーション時代において

2019.07.11 Vol.Web Original

僕達の生きる今は
人に思った事をすぐに伝える事が出来る時代。
友達と遊びに行く約束をして
明日は何時に集合ね!
とか、集合時間の10時間前とかに出来る。

職場の人に
明日の資料にこれをまとめといてほしい。
とか
明日会議で必要だから持って来てね。
とか

携帯を持っているのに
待ち合わせ時間を
明日、会った時に話そう。
とはならないはず。

ふつうに考えてそうならない。
そう。
意思疎通が出来るのが
今の時代、普通なのだ。

その、「普通」は
パソコンの普及や携帯電話の普及により
電子メールが当たり前になってからだと思う。
最初はポケベルなのかな?
僕はポケベル世代ではないので
仕組みはよく分からないが
数字だけだったと聞いている。

当時の人は数字でやり取りしてたの!?!
って初めて聞いた時は驚いた。

4649
ヨロシク

このレベルなら分かるけど

724106

はい?
何でしょう。
何が伝えたいのだろう。

答えは

724106
ナニシテル

らしいです。

今の僕には到底思いつく事の出来ない発想。
小学、中学、高校と
合わせる事12年間、数字を扱う授業をして来たが
今の僕の中には見事に何も残っていない。
若い頃はスポンジのようになんでも吸収出来るから!
大人は言った。
確かに当時は吸収した。
そして、テストで実力を測られ
大人達の基準値を乗り越えて来た。
だが考えていただきたい。
多くの方はスポンジに水を浸した経験があると思うのだが
その後、スポンジからは水が溢れるのである。
しかも、ほとんど。
若い僕の脳はスポンジの様に吸収したが
今の僕の脳には当時吸収した水は流れ落ちていっている。
だからなのか、数字に弱い。

そんな僕だから思う事は
相手が何を伝えたいかをまず考えて
初めて伝わる。
この時点で意思疎通を図るのは
普通ではないんです。

明日はどこそこに何時に集合ね!

この簡単な文字も
数字だとおそらく途方も無い長さになるはず。

場所と時間を伝えるので精一杯なはず。
文章には出来ない。
ポケベルを使いこなせる方々に
本当にリスペクトです。

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第28弾 「幸せはもうゴール前です。」

2019.06.27 Vol.Web Original

つい先日のコーヒーを飲みに行った話をしたいと思います。
ですがコーヒーを飲みに行くまでの間に
先日撮影で朝方まで収録をしていた所まで話は戻ります。
朝方まで収録、なんて事はこの職業柄珍しい事ではございません。
むしろ定期的にあるお仕事です。

自分の中では

よしっやるぞ!

っという感じで特別嫌な気持ちや
受け容れ難い事ではないのですが
気合が入っているとはいえ3時間、4時間経つと集中力もきれ始め
空き時間には食べ過ぎは身体に悪いと分かっていながらも
吸引力の落ちない掃除機のようにチューイングガムを無造作に貪ったり
飴ちゃんを舐める事なく噛み砕いたり
意図も簡単に作り上げられたアニメの悪大将のようになるのです。

深夜を越えればまるで別人のような自分に嫌気がさしながらも
収録は必ず終わりを迎え、スタッフの皆さんにご挨拶をすれば
まるで突風かのような速さで現場から帰宅するのです。

撮影終わりの帰り道は
毎回違うのですが
泥のように眠る日もあれば
朝日で逆に目覚めてハイテンションでマネージャーさんにずっと喋っている時もあります。

「今、自分で文章を書いていて
マネージャーさんに申し訳なく思った事はここだけに留めたいと思います。」

ですが、やはり朝まで撮影すると何かを成し遂げた感で
そのままラーメンをすすりたくなるのです。
背徳感を感じたくなるのです。
今日は頑張ったから悪いことをしてもいい。
みたいな悪い自分が形成されるのです。

ですがその日は、鉛のように体が重く、
そのまま帰宅する事にしたのですが、家に着いてからは戦いです。
そのままベットにダイブして寝たい自分と、
お風呂に入り歯を磨いてスッキリして寝たい自分。
圧倒的に後者ですが、それでもベットの魔力は凄いのです。
ベットの魔力に打ち勝ちスッキリした時にはすでに午前9時で完全に昼夜逆転です。
部屋のカーテンを閉めてカーテンから零れる光に癒されながらまるで産まれたての子供がお母さんに抱っこされて眠るかのような安心感を感じながら熟睡でした。

起きた時は15時。
普通なら完全に寝すぎです。
こんなに寝れるのは今の自分がナマケモノの2択。
一日中睡眠大会があるのであれば
ナマケモノには勝てないにしても
かなり上位に食い込める自信を感じながら
僕の脳内はまだ夢の中。
起きているのか夢の中なのか区別がつかず
ウトウトとしながらあまりの寝相の悪さに
ベットの下に落ちた布団を握りしめて、
まるでお寿司の巻物のようにくるまってスヤスヤ2度寝を始めます。

次に起きた時には17時半過ぎ。
先ほどのカーテンからあふれる光は
心の鉛を磨き上げる様な真っ白な色から
どこか悲しさと終わりを告げるオレンジ色に変わっていました。

今日、1日は布団の中で過ごしていいと
確固たる決意と人間としての機能を放棄して
2度寝に潜り込んだ自分ですが
今日の終わりを告げようとしている光をみて
カーテンを開けた時に見えた、澄みきった空と太陽が落ちて暗くなり始めてる空を見るとまるで別の2つの世界がぶつかり合っているような不思議な気分になりました。

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第27弾 「2019年6月13日の今。」

2019.06.13 Vol.Web Original

6月13日
本日をもって
小森 隼
24歳になりました。

今年で24歳に。。。
わかりやすい話、
1995年にこの世に生を授かってから
24年経ったことになる。
今から24年前
どんな場所で
どういう状況で
どんな人が
どんな気持ちで
僕が生まれるのを手伝ってくれたのか
家族がどんな思いでその瞬間を迎えたのか。
僕は生まれてすぐ家族になんて言われたのか。

そんなことなんて、まるっきり知らないが
自分は自分だと
自分勝手に生きてきたのである。

時には悩み
時には涙して
周りにいる友達に助けられ
遠くから見守る家族に感謝の言葉を述べ
自分の想いを伝える事ができず
今居る場所からでは何も出来ず無意味に周りのみんなを傷つけたり
自分なりに色々な事を感じながら時間を積み重ねてきたのだが、

10代の頃に思っていた24歳とは全く違う人生を歩んでいる。
唯一合ってるのはLDHに所属している事だけである。

24歳の僕が
コーヒーと紅茶を趣味にしてるとは
高校生の僕は思ってなかったし。

バスソルトとアロマを入れてお風呂に浸かってるとは
中学生の自分は想像してなかったし。

今GENERATIONSとして活動してるなんて
小学生の頃の僕は夢見てもなかった。

それでも今
僕は小森隼を生きている。

昨日でも明日でもない

僕はここにいるのである。

自分がイメージしている3年後なんて
きっとちがう3年後になってるし
未来なんてわからないから
不安になりながら
明日を迎えようと思う。

今日は昨日の続きじゃないから
毎日がnew startなのではないかと最近思う。

一言
24歳も素敵な歳にしようと思います。
僕は僕。
落ち着いていこう。

それでは前回募集した
世間の小言【小森くんに聞きたいこと言いたいこと!】にいきましょう!

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第26弾 見つけるのではなく、見つかるもの。きっとそう

2019.05.23 Vol.Web Original

君は君のままでいい。
最後はこの言葉で終わる
今回はそんなエッセイになりそう。。。

最近、とうとう恋い焦がれていた
春がきた。
全国どこを見ても春を迎えたと言ってもいいように
全国が春を迎えた。
日本を探せば春を通り越したような気温の所も出てくるだろう。
燦々と降り注ぐ朝日の中
悪い夢を見ていても最後は暗いトンネルを抜けだすように
眩しい光で起きる連日。
前日の疲れを背負ったままの気怠い体でも
1人で、「おはよ」と言ってしまいたくなる。
そんなポジティブキャンペーン中の僕。

先日、春の訪れを感じ洋服の衣替えをした僕は
冬の時点から感じてはいたが
それが確信に変わった。
パーカーが異様に多い。
去年の年末からずっと思ってた
可愛いTシャツを買っても見せる機会がない。
それはそうである。
だってパーカーを上に着るから。
なんなら下のTシャツの色と合わせるかの様に
同じ色のパーカーを着てたりする。

私は狐に騙されているのか?
パーカーも赤色
脱いだらTシャツも赤だったり。
この間も通販で買った服が
オレンジを頼んだと思ったらネイビーだったり。
ネットで買ったものが2個届いたり
携帯の電池がすぐに無くなったり
イヤホンを失くしたり。
すでに鯉が登った季節なのに
私は狐に騙されているのか?
くるくると回りを回られて何処かでクスクス笑ってるのか?

最近「夜は短し歩けよ乙女」を読んでいるからか
少しファンタジーっぽくなってるのはご了承いただきたい。

でもそう思うほどパーカーが多いのである。
僕は世間で言うお洒落さんではない。
GENERATIONSの他のメンバーの方が服に詳しいし情報通だ。
僕は服をいっぱい持ってるからお洒落さんだとは思わないし
かっこいい事がお洒落さんでもないと思う。

やはり季節に合ってトレンドを作って
臨機応変に場の空気に洋服を合わせられる、
そして1つの固定概念に囚われない人がお洒落さんである。
あくまで僕の持論ですが。

そうなると僕は
好きなブランドの服しか買わないし
お気に入りの物があれば毎日それでも構わない。
唯一対応できるのは式典でスーツを着るくらい。
そういう自分の持論を持っているから
自分はお洒落な人の枠には該当しない。
そしてそうでは無いと自覚はあっても
このパーカーの偏り具合は考えものである。

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第25弾 長いようで短かったこの日。そして伝説へ…

2019.05.09 Vol.Web Original

早いもので
小森の小言も遂に1年。

気づけば平成も終わり
令和元年を迎えた
暖かい光が降り注ぐ春の季節。

思い返せば
1年前の今頃は
コラムを始めるお話をいただき
自分の今までの経験にはない事で
あまりに荒唐無稽な話に聞こえていた。

昔から話す事は好きで
周囲の人間から
うるさく口数の多い人だと
言われていた。
とても慌てん坊で、おっちょこちょいで、無くし物も多く
それに加えて運動神経まで悪いときたら
周囲の人間から、間抜け王の称号を欲しいがままにかっさらう男である。

そんな僕が、言葉を使って読者の皆さんに
月に2回もコラムをお届けするなど
不安しかない。
心の片隅に1ミリも成功する要素や気持ちが無かった。
今は満足している。成功しているとは1ミリも思ってないが
人間面白いものでやり続ければ少しばかりの自信はつくものだ。(笑)

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第24弾 出会いはすぐそこに、、、フリーダーーム

2019.04.25 Vol.Web Original

先日、仕事で次の現場にタクシーで向かっていた時の話である。
前にも小言でタクシーの運転手さんが行き先をわかってないのに
どんどん進んでいってしまうというコラムを書いたことがあるのだが
改めてタクシーの運転手さんは本当に様々な種類の方がいるなぁー、と。
まるでグミですよ。様々なやつ。いっぱい入っているグミみたいな。

僕はグミが本当に好きなのでよく食べるんです。
あれば本当に全部食べちゃう。
右手がグミに触れたら止まらなくなる魔法にかかってしまったように。
前にGENERATIONSでグミのCMをやらせていただいたことがあるのですが
その期間中は現場のケータリングに必ずといっていいほどグミが入っていた。
本当に幸せ迷惑なのだ。だってあればあるだけ食べたいんだもん。
でもその目の前にあるグミはみんなのグミ。
自分だけのグミじゃない。
しかも開けて5分足らずで全て食べてしまった時の
みんなのドン引きした顔も想像できる。
だからグミのことを見て見ぬ振りをする。
なんなら他のメンバーに教えてもらってから、あたかも初見の様な反応をする。
それくらいグミを意識している。

話がだいーぶ逸れた、、、

でも運転手さんも様々な人がいる。
行き先を想像で突き進む人、
ナビがあるのに頑なにナビを使わない人、
永遠に無言の人。
本当に様々な人がいて、その都度対応が変わる。
つまり僕もその時々の出会った運転手さんに対応を変える八方美人である。
これは本当に別の小森隼を装っているのである。
無口になったり、道に詳しいふりをしたり、饒舌になったりと。
さっきのグミを初見で見た反応をするのも、言えば別の小森隼を装っているのである。
タクシーの本来の魅力はなんだろう?
とか考えながら目の前に流れるモニターのCMをずっと見る。
でも本来はなんだろうか?
目的地に直接行ける。
個人の空間を確保できる。
とか?
そんなところだろう。
と、足りない頭で考えてとても安易な答えに行きつく。
そんな自分のボキャブラリーの無さにがっかりだ。

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第23弾 限界はすぐそこに。

2019.04.11 Vol.Web Original

小森の小言
このコラムがお昼のランチタイムに配信されてる事は
重々承知してる。
その上で今日は最近の僕の悩みを話させていただきたい。
お食事中の方は
ぜひ、その時間帯を避けて読んでいただきたい。

僕は昔からお腹が弱い方ではない。
だけど、お腹を下してトイレにこもった経験がないわけではない。
あまりの激痛に
「もう2度と悪い事はしません。なのでどうかこの腹痛を治してください」
と、神様にお願いした事は何度もある。

このお腹の痛さも理解している。
家の鍵を忘れて出かけてしまった時でも
「腹痛になっても良いので鍵を家から取り戻して下さい」
と、神様に願わない。
あの、トイレでの腹痛と戦うくらいなら
エントランスの人と戦う。

それくらい辛いのは分かっている。
でも、何かをやっている最中にトイレに逃げ込みたくなる事はない。
確かに何かをやってる時に腹痛がくる事はあるが
それはどんなに限界でも我慢して
用が終わってからトイレに向かう。

会議中や仕事の打ち合わせ
本番前のメイク中

数々の腹痛との場面での戦いに勝ってきて
今の自分がある。
むしろ、途中に抜けるなど考えられない。
そこまで確固たる信念を持っていた。
会議中、トイレに出かける人を見ては
限界だったんだろう。でも、そこまで限界なのか?
と、人を疑う気持ちを持ってしまうくらいの信念。
でも、僕の信念が
この1ヶ月の間に崩れ去ったのである...

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第22弾 悩んでも、考えても、時間は過ぎていく。

2019.03.28 Vol.Web Original

最近の天候事情に悩まされている。
前回の小言でも話しましたが、改めて迷惑である。
潔く、厚着をしろ。
と、言われればそれで終わりなのですが
どうしても身軽で動きたい。
春の気候に恋い焦がれている。
まさしくこれは恋でしょう。
太陽さん
僕はあなたの暖かさを待ち望んでます。
どうか、どうか1日でも早く春を連れて来て下さい。

天候ネタはしばらく続くでしょう。

さてさて、最近の僕はというと
少し時間を持て余してます。
3月1週目は大阪に行ったり名古屋に行ったりと
東京を離れる事があり、その移動中だったり仕事終わりの夜だったり
東京への帰路だったり何かと一人の時間が多く
自由な時間が多いのです。
自由な時間と言うと聞こえは良いが
単に暇なのである。とても。
寝てしまえばそれで終わりなのだが
そう言う時に限って僕の神経は踊り出し
目を閉じても、まるでミラーボールが回ってるようにまぶしく感じて
ホテルの一室とは到底思えない。
心臓のBPMは上がる一方。
完全にフェス状態。

羊を数えても
脳内の羊は増えていく一方。
挙げ句の果てには集まった羊たちは踊り出すのである。
しかもちょっと上手い!
一緒に踊れれば楽しいだろう。

【小森の小言】第22弾(2) #世間の小言「嫌になってしまう失敗談」

2019.03.28 Vol.Web Original

さてさて今回の世間の小言
今回募集したのは「嫌になってしまう失敗談」

回答にいきましょうか!
みなさん、いろいろとエピソードをお持ちですね!

GENERATIONS 小森隼の【小森の小言】第21弾 意味のない事なんて無い

2019.03.14 Vol.Web Original

ぐわーーーーーーー
くそーーーーーーーー
このやろーーーーーーー
ふざけるなーーーーーーー

って叫びたい。
今ちょうど深夜の12時をまたいだところ。
今月のコラムの原稿を書いていたところである。
今日はマネージャーと今後について話し合う食事会をして
とても、いや、かなり良い刺激を受けた話し合いだった。

その食事会に行く前にもかなりたくさんの事を感じて
それを全てコラムにして書き上げたのだ。

天敵の井上マネージャーがついにこのコラムの締め切りを年単位で弾き出し、
僕に優しく提出してくれた。これは優しさの反面、宣戦布告である。
1年間の僕と本腰を入れた戦いだ。
1年のスケジュールを渡す代わりに、必ずそれに間に合わす。
本来、締め切りは守るものである。間違いなくそうである。
ただ、やはり必ずは無く。どうしても間に合わない時が例外としてある。
だが、今年は必ず締め切り厳守を胸に誓った。

そしてマネージャーとの食事会が終わり
帰宅して、今月分の原稿。つまり2つ執筆中だった。
そしてラスト1つの原稿が書き終わり今日の仕事が無事に終わった瞬間だった。

あれ?
ない。確実に書いたはずの原稿が存在しないのだ。
パソコンの中を隅々まで探した。
メモのファイルを飛び越え、画像のファイルへも探した。
文章が画像になって残ってるはずもなく
普通に考えればわかるはずのことも考えられない程の脳内パニックである。
実際どこを探しても、ないのだ。どんなに探しても。
1年ほど前のファイルを探してもない。
そんな今のメモが過去に送られるようなファンタジーが僕に起きるわけでもなく。
なんなら、1年前のファイルを懐かし、楽しいって。ちょっと寄り道したり。

完全に保存ミス。
叫びたい。
近隣の方からの苦情をかえりみず叫びたい。

このやろーーーーーーーーー、って。

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