7年間の音楽活動を経て、2012年から作家・作詞家・詩人として活躍する高橋久美子さん。このたび、ウェブマガジンでの連載をまとめた初めての小説集『ぐるり』(筑摩書房)が刊行された。“登場人物たちの過去・現在・未来のどこかが、かすかにクロスする物語”という連作短編集を書き終えて、作家は今、どこへ向かおうとしているのか。3度目の緊急事態宣言が発出された東京で話を聞いた。
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萩尾望都の痛みと失われた大泉時代『一度きりの大泉の話』【TOKYO HEADLINEの本棚】
『ポーの一族』『トーマの心臓』『11人いる!』などの作品で知られる漫画家の萩尾望都。本書はこれまで封印してきた“大泉時代”と呼ばれるデビュー当時の話を、約12万字にわたって書き下ろした最初で最後のエッセイである。
当時、萩尾らが暮らした練馬区南大泉の半長屋には、数々の女性漫画家や周辺人物が集い、親交を深めていたという。時系列で真摯に語られる家族関係、漫画への情熱、名だたる漫画家や編集者たち……そしてある“事件”が起きたことで萩尾は大泉をあとにし、二度と過去には触れなくなる。同時代に活躍した漫画家たちとの交流、文通したりアシスタントしたりしながら売れっ子になっていくエピソードは、少女漫画好きならば誰もが興奮することだろう。
それだけに「『小鳥』の巣を描く」以降の話には胸が痛む。前書きに「私の出会った方との交友が失われた、人間関係失敗談」とあるが、誰しも経験のある青春時代の傷が瞬間冷却されているようで辛いのだ。収録の未発表スケッチや『ハワードさんの新聞広告』も必見。
海外での生活ぶりから見える人間「中谷美紀」 文庫『オーストリア滞在記』
俳優・中谷美紀といえば、多少芸能界に疎い人間でも何らかの作品には触れているような存在だが、その私生活は謎に包まれている(ような気がする)。本書は2018年にヴィオラ奏者のティロ・フェヒナーとの結婚を発表し、生活拠点をオーストリアに移すことを発表した中谷が、オーストリアでの私生活をありのままに綴った一冊だ。
昨年の5月1日から始まり7月24日に帰国するまでを書き下ろした滞在日記には、映画祭や記者会見などで流暢な英語やフランス語を披露する中谷がドイツ語と格闘し、コロナ禍でできた時間に庭仕事に励み、夫と元パートナーの間にもうけた娘との交流まで率直に明かしている。料理や買い物、掃除などといった日々の雑事を当たり前にこなす姿など、意外なほど地に足の着いた生活ぶりを見せる。
『インド旅行記』シリーズなど、文筆家としても活動する中谷の久々の新刊。華やかな容姿や変幻自在な演技の裏に潜む人間「中谷美紀」が面白い。
「おうちコーヒー」指南書の決定版!『淹れる・選ぶ・楽しむ コーヒーのある暮らし』
新型コロナウイルスの感染拡大による「おうち時間」で、さまざまなことに挑戦した人は多いだろう。前回の緊急事態宣言中におうちでゆっくりコーヒーを淹れる人が増え、コーヒー豆やコーヒー用品が売れたというのもうなずける。
いざ、おうちでコーヒーを淹れる際に、どんな豆を選んで道具を手に入れれば良いか分からないという人のために、スペシャルティコーヒー専門店「丸山珈琲」の鈴木樹バリスタが監修するのが本書。
ペーパードリップやフレンチプレス、サイフォン、マキネッタなどのさまざまな抽出方法の具体的なステップを、初心者にも分かりやすくイラストや写真を多用しながら解説している。
自分好みの味の見つけ方や16種類のアレンジコーヒーレシピ、コーヒーとのフードペアリングなども紹介し、おうちで至福の一杯を味わうのに最適の一冊だ。コーヒーショップやカフェ、昔ながらの喫茶店など外で飲むいろいろなコーヒーの楽しみは、外出できるようになった時のために取っておきたい。
闇と光の対比が美しいjunaidaの傑作絵本『怪物園』
はるかいにしえの時代から、たくさんの怪物たちをのせて長い長い旅をつづけていた「怪物園」。ある静かな夜のこと、怪物園がうっかり玄関口をあけたまま、いびきをかいてウトウトしていたあいだに、怪物たちが外の世界へとぬけだして……。
『Michi』『の』など、繊細であたたかみのある絵で、独特な世界観の絵本を世に送り出してきた画家・junaida(ジュナイダ)。新作絵本では、生き物のような建物のような「怪物園」から抜け出し、街までやってきて通りを行進する怪物たちと、彼らをよそに空想の旅に出かける子どもたちを描いた。
怪物たちの闇の世界と、子どもたちの光の世界の対比が美しく、現実と空想が混じり合うように物語が展開していく。何日も行進をつづける怪物と、外で遊べなくなった子どもという構図は、どこか今日的なテーマとも重なる。
本体表紙の透明箔押し、黒の見返しにかけて印刷された一枚絵など、祖父江慎と藤井瑶(cozfish)の装丁がまた素晴らしい。
11月で発売20周年!『チーズはどこへ消えた?』4色の限定カバーに
日本で400万部、全世界で累計2800万部を突破して今なお読まれ続ける世界的ベストセラー『チーズはどこへ消えた?』。米国の医学博士で心理学者のスペンサー・ジョンソンが執筆し、童話でありビジネス書でもある同書の発売20周年を記念して、「変化を受け入れ、いかに楽しむか」というテーマをより強く訴える4色の書店限定カバーが登場する。各色はそれぞれピンクは恋愛、イエローは将来、ブルーは仕事、グリーンは人間関係を表現しており、求める「変化」に合わせて好きな色を選べるほかギフトにも最適な一冊。予定枚数に達し次第終了なので早めにゲットしよう。
伝説のホストがルポ『夢幻の街』作家にホストクラブの50年を語る
(10月31日、森沢拓也×手塚マキ×石井光太「伝説のホストが語る歌舞伎町ホストクラブ50年史」@本屋B&B)
グカ・ハン『砂漠が街に入りこんだ日』の魅力を語り尽くす
9月26日、原正人×斎藤真理子、韓国からフランスへ 越境して見出した「私(je)」の物語@本屋B&B
Withコロナ時代を生き抜く生物学の書『これからの時代を生き抜くための生物学入門』
NHK「クローズアップ現代」やフジテレビ系「全力!脱力タイムズ」の有識者「全力解説員」で知られる生態学者の五箇公一。学者らしからぬ黒ずくめの服装とサングラス姿を覚えている人も多いのではないか。
本書は、五箇が語った生物学や進化の話を口述筆記の形でまとめた初めての著書だという。当初は大人向けに「性」の話を中心に書き起こす予定だったが、制作中に話が広がり、生物学の見地から見た人間という生物の特異性や未来予測までが縦横無尽に語られている。まえがきで本人が〈科学的な妥当性が必ずしも十分ではない解説や表現が混じっているであろうことも正直否定はしません〉と正直に記しているが、その分エンターテインメント性があり生物学に興味を持つには十分。最終章では五箇自身の生態に迫りつつ(?)、研究者としての歩みにも触れられている。
図らずも時はコロナ禍。先行きの見えない不安やSNSでの誹謗中傷……何かと問題の多い人間だが、今こそ本書から生物の多様性を学ぶべきだろう。
【おすすめ書店イベント】落語家・立川談慶と脳科学者の茂木健一郎が“withコロナ時代”を語り合う
『安政五年、江戸パンデミック。〜江戸っ子流コロナ撃退法〜』(エムオン・エンタテインメント)発売を記念し、落語家・立川談慶と脳科学者の茂木健一郎のトークイベントが決定した。安政5年、医学が未発達だった江戸を襲い、一説によると30万人の死者を出したと言われるコレラ。同書では落語家である著者が、江戸っ子たちから現代のコロナ禍に対処する思考法を読み解く。江戸のパンデミックに学び、コロナ禍をどう過ごし、これからをどう生きるのかそれぞれのフィールドから語り合う。
「立体怪談」を得意とする講談師の決定版人物評伝『評伝 一龍齋貞水 講談人生六十余年』
神田松之丞が大名跡である六代目神田伯山を襲名するなど、にわかに講談が注目を集めている。講談とは、高座に置かれた釈台を張り扇で叩いて調子をつけながら、軍談(修羅場)や政談などを面白おかしく語って聞かせる話芸のことだ。時折寄席に行くだけで講談はおろか落語にも明るくない筆者だが、伯山を始めその師匠である人間国宝の三代目神田松鯉の講談はやはり聞かせる。
講談の世界では「講釈師、冬は義士、夏はお化けで飯を食い」と言われ、夏の風物詩となる怪談物。初見の際は場内が暗転して驚いたが、さらに釈台のスイッチを操作して照明や音響、大道具などを効果的に用いた「立体怪談」を得意とするのが講談師初の人間国宝で本書の主人公、六代目一龍齋貞水だ。
本書は読売新聞の記者である著者の長年にわたるインタビューと取材に基づいてまとめられ、本人も決定版と認める人物評伝。貞水の半生はもとよりジャンル解説や演目一覧、先人の講談師との思い出、巻末には講談年表が収録されるなど資料性も高い。講談に興味を持ったすべての人に読んでほしい良書なのである。