天龍源一郎 引退までの1年を追いかけたドキュメント映画が公開

稀代の名レスラーであった天龍源一郎がリングを去ってから1年が過ぎた。その引退試合となった2015年11月15日の両国国技館大会に至るまでの1年間、天龍を追いかけたドキュメント映画『LIVE FOR TODAY?天龍源一郎?』が2月4日から公開される。かねてからの天龍ファンはもとより、最近プロレスを知ることとなった若いファンにとっても必見の一本。

撮影・上岸卓史

 天龍は大相撲の幕内力士からプロレスに転向。全日本プロレス、SWS、WAR、フリーと波乱に満ちた現役生活を送り、現役最後は愛娘の紋奈さんが代表を務める「天龍プロジェクト」で戦った。数々のタイトルを手にしたこれだけのトップ選手でここまでの流転の人生を歩む人はそうはいない。

 引退して1年が経った。この1年はどう過ごしていた?

「気楽な素浪人ですよ。相撲とプロレスをやってきた53年間は“練習しなきゃいけない”という思いがあったり、試合が立て込んでいて追われているような感じだったんですが、そういうものがなくなって好きな時に好きなことができる。ある種の強迫観念で突っ走ってきたのがなくなって、好きなときに起きて、お腹がすいたら食べてっていう生活が“自由人になった”という感じがして、今はすごく裕福な気持ちなんです」

 実際に映画を見てどんな感想を?

「男って家族なんかを守っていかなきゃいけなくて、外に立ち向かって生き抜かなきゃいけないものだと思うんですが、そういうことをうまいこと表現してくれていてジーンときました」

 あの1年間は1日1日をどんな感覚で過ごしていた?

「1試合終わるたびに“無事に終われたな”ということと“悔いのない試合がやれたな”というその感覚だけでした」
 引退試合は37歳下のオカダ・カズチカと対戦。平成のプロレス界を象徴する存在であるオカダと戦い、最後は3カウントを許した。倒れたまま天を仰ぐ天龍に深々とおじぎをしてリングを去るオカダという名シーンはもちろん映画にも収められている。

「(頭を下げていたのは)全然知らなかった。バチーンといいのが入って倒れて、気がついたときはもうアイツが頭を下げて帰った後だったらしいんです。負けた試合ということもあって、あの試合はまだ1回も見ていない。みんなの話は聞いているけど、右から左へ聞き流してる(笑)。写真やスポット映像で見て“こんなことしてきやがったんだな、あの野郎。キザなことしやがって”というのが正直なところです」

 戦っている最中は?

「全盛期のような動きができない自分に対するギャップとの戦い。“こんなんじゃない、こん畜生”って。若い者に必死で抗っている天龍源一郎がいました」

 他の過去の試合もあまり見ない?

「鶴田選手や長州選手と戦った一連の試合は後で見て“面白い試合やってんなあ” と自画自賛してます(笑)。見ようともしないのは最後の両国大会のみ。ケジメをつけたこともあるし、多分見たら“あそこでこうできなかったな”と思うことは分かっている。未練たらしくなってしまうのが嫌なんです」

 作品中、「プロレスは不思議な職業」「プロレスは伝承文化」といった言葉が出てくる。

「相撲ではとりあえず勝てば歓声があがっていたのですが、プロレスの場合はある程度の攻防や表現がなかったらお客さんは“くだらないな”と思って“金返せ”となるし、かったるかったら罵声を浴びせる。転向当時はその加減がつかめなかった。観客ありきということが理解できなかったんですね。それが最初の葛藤の要因ですね。伝承というのは、力道山関が昔アメリカからプロレスという、何をやってもOK的なものを持ってきたんですが、相撲やボクシングなどと比較してショーマンシップのような部分が批判されることも多かった。でも昔からある技を現代風にアレンジして伝えてきたというのは、ある種の文化だと思うんです。最近の若いファンは“昔あの選手が使っていたあの技だ”と、過去をオーバーラップして語り継いでくれているのがうれしいし、“ああ、やっとそこまで来たのかな、プロレスも”と思って“伝承文化”なんてかっこいい言い方をしてしまった(笑)」

 伝承という意味でいえば、あの1年は日本中のプロレスラーにもプロレスを伝承し続けた1年だった。

「プロレスって説明できないんですよね。プロレスラーをやっている奴の中にも堂々としていない者も多い。そういう選手を見ると“ここで一生懸命やってケガして命を絶ってもいいと思ってリングに上がっていれば何も恥ずかしくないじゃないか”っていう気持ちがありました」

 映画では家族についても描かれる。天龍と紋奈代表の素敵な親子関係と紋奈代表の献身的な働きには頭が下がる。

「僕もそう思います(笑)。誰がメーンなんだよと聞きたいくらい(笑)。引退を発表する前年に“今年いっぱいでやめるよ” といった時に“じゃあどこかでけじめを”と女房と娘が言ってくれた。僕は“どこでもいい。やめたということが世間に伝わればいい”と言ったんですが、家族のほうから“じゃあ両国でやりましょう”と言い出した。“プロレス人気が落ちているのにどうするんだよ”って言ったんですが “どうにかなる”なんていうから“勝手にしろ!”ってなった」

 そこから二人三脚での引退ロードが始まるわけだが、2人の会話が秀逸だ。

「僕がいろいろ愚痴をこぼすと(紋奈が)“結構チケット売れてるみたいですよ”とか言うんだけど、会場に行ったらガラガラだったりして“この野郎”となったり(笑)。でもそうやってなだめすかされてやってきたという印象。世の中では親父とは洗濯物を一緒にしないでほしいとかいうような話をよく聞くけど、そういうことがなかった僕は幸せ。逆に、励まされてきました」

 プロレスラー天龍源一郎のドキュメントではあるが、プロレスだけには留まらない男の生きざま、家族愛といったドラマが詰まった作品だ。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 最後にこの2人の関係を表すエピソードを??。映画の中で天龍が発した言葉についての話の中で、インタビューに同席した紋奈さんが紋奈さんなりの印象を聞かせてくれた。その言葉に「うまいこというねー。いいフォロー(笑)。ファンクスみたいだね(笑)」と返す天龍。

 どっちがドリーですか?

「それ大事だね(笑)。ひっぱたかれて血を流すのはテリーだからね。昔だったら僕がテリーだけど、今は僕がドリーです(笑)」
(THL・本吉英人)

c2016天龍プロジェクト
『映画 LIVE FOR TODAY?天龍源一郎?』

監督:川野浩司 出演:天龍源一郎/2時間1分/天龍プロジェクト配給/2月4日より新宿武蔵野館、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開  http://www.tenryu-genichiro.jp/movie/http://www.tenryu-genichiro.jp/movie/