依存症対策のプロフェッショナル西村直之先生に話を聞いた
「統合型リゾート(IR)整備推進法案」が昨年12月に成立し、いよいよ日本でもカジノのオープンが現実味を帯びてきた。外国人観光客を集客し、日本経済の活性化につながるというプラスの面もあれば、一方で「ギャンブル依存症」の懸念が叫ばれるなど反対の声もある。そんななか統合的な学術的な見地から依存問題に取り組む「一般社団法人RCPG」の代表理事・西村直之先生に話を聞いた。
人間は楽しいものには絶対に“過ぎる”ようにできている生き物
以前、薬物依存からの回復を支援する活動を行い、かなりの数の高校を回られたそうですね。
「もともとは大学院まで進んで薬の開発をしていたんですが、アルコール依存症専門の病棟で医者が足りないということで、薬の開発をしながら薬物依存の人もみるという、他の先生ではあまり経験しないことを経験することになりました。そのうちに、薬の効かない患者さんや世の中で相手にされない患者さんを何とかしなければと思うようになり、気がつくと、そちらの問題のある人たちの支援を一緒にやるようになっていました。全国にあるダルクという施設の立ち上げに何カ所かかかわりまして、そこでさらに、“待っていても人は来ないので、問題のある子のところへ出かけて行こう”ということになって定時制の高校を回るようになりました」
今、世の中ではギャンブル依存症というものが騒がれている。IR法案でカジノが注目されています。ギャンブル依存にも取り組まれているとか。
「パチンコ依存の人たちの電話相談を12年前にNPOで作りまして、今までで2万5000件くらい相談を受けています」
依存がいいか悪いかは別として。依存にはゲーム、スマホ、いろいろなものがある。何か共通するものはある?
「人間は楽しいものには絶対に“過ぎる”ようにできている生き物なんです。おいしいものは“食べ過ぎる”くらいおいしいから、おいしいものとして世に広まっていく。娯楽も楽しくて時を忘れたり、度を越すくらい楽しいから娯楽として世界に認められている。そもそもそこまで楽しくないものは娯楽にならないし、人はやりません。消えていきます。子供の時に楽しくても大人になったらやらないものってたくさんありますよね。そういう意味では世界中で認められていて、ずっと大人が楽しめるものは結構数が少ない。例えばお酒とか、タバコもそうかもしれない。ギャンブルもそうでしょうね。それは良しあしではなくて、人がそれだけ楽しめる、反応できる楽しさを持ったある種、偉大なコンテンツなわけです。ただやはり一部の人ははまってしまう。コントロールできなくなってしまう。やる人がたくさんいれば、そうなる人も増えます。それはギャンブルやアルコールやタバコが悪いのではないんです。はまる理由はその人個人とか時代とか環境といったもの。そこを見ないで、ギャンブルが悪いとかアルコールのせいだ、と言っていると世の中が堅苦しくなってしまいます」
そういう考え方になったのはやはり現場を回っていることが大きい?
「そうですね。純粋に海外も含めて起こっていることのデータをじっと見ていけば、やはり僕らの思い込みは違っていたということが分かるわけです。病院はひどくなった人しか診ないですから。病院に来ているギャンブラーの人って、ギャンブルだけが原因で来ている人はいないんです。別に病気があったり、もともとお金の管理ができないところがあったり、生活がうまくいっていなかったとか、対人関係が取れなかったとか。たくさんギャンブルをやっていても、対人関係が取れていて、社会的にちゃんと適応できている、そこそこ自分をコントロールできている人は、病院になんて来ないですよね。僕はそれはそれである種の健康だと思っているんです。そこにあまり国とかシステムが手を突っ込むのは、それは失礼な話だなと思います」
規制より、もっと長く楽しめる方法を教育するほうがいい
先生から見てどういう対策がありますか?
「今はどっちかというと起こさないように規制を叫ぶ人が多い。でも人は遊ぶものなので、どうすれば楽しく安全に長く遊べるかということを考えてあげなければいけない。むしろもっと予防に力を入れなくてはいけないと思います。予防というのは規制ではなくて、ゲームのこともよく知ってもらう。どうやったらもっと長く楽しめるかということをもっと教育するほうがいいと思うんです」
「人間は楽しいものには絶対に“過ぎる”ようにできている生き物」というのは本質を突いている言葉ですね。
「そうすると依存問題というのはなくさなければいけない話ではないんです。新しい娯楽が広がってたくさんの人が来れば一部にはそういう人は出てくるわけです。でもそこを対策していくことで、もっと面白いいろいろな遊びがたくさんあったほうが、のめりこむ率は低くなるわけです。いろんな人がいろいろな背景があっても安全に楽しめる楽しみ方のものが広がる。でも広がれば一部にはどうしてものめりこむ人は出てきます。だから対策する意味があります。世界中の国でカジノができた後、有病率はみんな前より下がっています。一時的には増えるんですよ。やはりみんなちょっと盛り上がりますから。でも3年5年と見ていくと確実に下がって、前よりも下がるんです。ということはこれは対応可能な領域です。そのやり方を世界中でやっているわけだから、あまりそこにヒステリックにならないほうがいい。それはなぜうまくいったかというと、カジノ産業やゲーム産業がたくさんの楽しみ方と産業を一緒に持ち込んだから。対策と一緒に併せ持ってやってきたからで、小さくしたら減るなんていうのは幻想です」
2020年以降、どのような社会にしたい?
「とにかく若い子はいろいろなものに出会いますが、新しいものに出会うと最初は使い方が分からない。場合によっては危険なものに巻き込まれるかもしれない。でも長い目で見た時に若い子たちを信じなければいけない。その子たちは必ず自分たちでレギュレーションを作っていくんです。前の世代がそれを信じて、やりやすいように、ちょっとだけあらかじめ道をならしておいてあげることが大事で、それを無毒化していると、若い子たちは0、もしくはマイナスからやり始めなければいけない。だから僕らは10年後20年後の若者のために、50過ぎたおっちゃんは道慣らしをしなければいけない(笑)。それが楽しいですよ。僕は最初のうちは突破していくのが楽しかったんだけど、今はそうじゃない。いずれやってくる若い子たちが問題を感じ、巻き込まれ、のめりこむということが起きるかもしれないし、いろいろな社会的な問題も起きるかもしれない。その子たちが自分たちの時代の問題として取り掛かっていくときに、前の世代としていろいろなものを準備しておけば、それを応用してもっと発展させていくことができると思うんです。前の世代として足を引っ張りたくない。だからそういう意味では古い価値観とか、ちょっと時代がずれているんじゃないかと思うものと戦う価値はあると思っています」
(構成/本紙・本吉英人)