映画監督・瀬々敬久が語る「映画とミステリー」
実際の犯罪事件をモチーフにした原作小説を映画化するにあたり、タイトルを『楽園』とした背景とは。
「実はこの『楽園』というタイトルに、なかなかたどり着かなかったんです。最初は『青田Y字路』の“Y字路”を使おうとしたりね。でも何かピンと来なかった。それは、この物語の犯罪的な側面をタイトルにしようとしていたからなんです。『犯罪小説集』の映画化ですから、普通に考えれば自然とそうなるわけだけど、それがピンとこなかったというのは、僕には、この物語に登場する人々が犯罪者というより、誰もが普通に願うようなことを願った人たち、だと思えたからなんです。綾野剛くんが演じる豪士(たけし)は、外国から移民してきたけれど日本でも居場所を見つけられない青年。杉咲花さんが演じる紡(つむぎ)は親友を助けられなかった心の傷を抱えた女性。佐藤浩市さんが演じる善次郎は自分の思いとは裏腹に孤立していく男。それぞれ、ここではないどこかに行きたいとか、この場所をもっとよくしたいとか、ごく普通のことを願っている人たちだった。それがボタンの掛け違いのように周囲の思惑とすれ違い、犯罪につながってしまう。確かに、当事者となった豪士や善次郎たちには、皮肉なタイトルなのかもしれません。でも、その2つの物語をつなぐ中心に、残された少女・紡を据え、彼女が苦悩から抜け出す姿を物語の帰結にできないか、と思った。これは“とり残された人々”の物語でもあるから」
原作者の吉田氏もタイトルに賛同。
「監督の言うことはよく分かる、と言っていただいて。吉田さんは、日本のいろんな諸相を切り取っている作家だと思います。それを大言壮語に語るわけでも社会派風に語るわけでもなく、すごく身近なものとして語りながら、人のあり方に触れていくところがとても面白いと思って、いつも作品を読ませていただいています。あと、吉田さんもまた“場所”の描き方が絶妙な書き手ですよね。例えば『悪人』は福岡のある峠が犯罪を犯す場所として出てくる。一線を越える場所として峠が使われる。『さよなら渓谷』も渓谷で事件が起きますね。その土地の特質性を通して、そこで起きた事件とその土地に生きている人々の姿が描かれていく。また『犯罪小説集』でいうと、説話集のような面白さも感じます。琵琶法師が“安寿と厨子王”を語るように、日本の文学の根底をさらいながら現代の事件を語っているというのも、吉田作品の面白いところかなと思います」