為末大「僕らは五輪・パラリンピックから “何を受け取り、どう変わるのか”」

積み上げたタワー崩れた1年

 五輪・パラリンピック史上、初の延期となった、東京2020大会。アスリートにとって「1年」の重みはどのような意味を持つか。

「選手たちは本当に大変だったと思います。代表から落ちた仲間もいれば、その逆もありますし、運命に翻弄された一年だったと思います。1年延びるということは、選手にとって本当に大変なことなんです。我々は“ピーキング”と呼ぶのですが、トレーニングをすると、一度体力が落ちて、一定期間たつと回復して、以前より体力が強くなる、というサイクルがあります。負荷に適応しようとする性質ですね。体力回復までには一般的に48〜72時間かかるといわれているため、選手たちはこの揺らぎを1年、1カ月、数日単位で繰り返しているわけです。そうした中で、五輪パラリンピックでピークを1番高いところに持っていく。例えると、トランプタワーを積み上げているような感じです。1番下の土台から積み上げていって、頂上まであと数段、となったところで、“はい、もう1回最初から”と言われるのと一緒です。積み上げたものはキープすることができないんですね。10〜20代の若い選手は毎年積み上げているので、ダメージが少なかったかもしれませんが、“これが最後のタワー”だと思って積み上げてきたベテラン選手にとっては、相当辛かったと思います。最後の受験だと思っていたセンター試験が、1週間前に“延びたのでもう1回”と言われて愕然とする感じです」

 感染症の収束が見えない中、大会の開催に批判的な声も少なくなかった。

「選手たちは極めて政治的な振る舞いを求められましたよね。よく乗り切ったと思います。現場には辛辣な内容の手紙もたくさん届きましたが、選手たちはよく抑制したと思います。自分たちがどう振る舞えば、世の中から応援してもらえるかを考えていた。プロの選手と違って、アマチュアの選手たちは、世間を押しのけてまで“五輪・パラリンピックをやりたいんだ”という人はそれほどいなくて、もう少しソフトです。“みんなに応援されて、一生懸命やってきました”という選手が多い。だからこそ、応援されづらいこの状況は辛かったと思います。

 僕が考えているのは、コントロールできないものは、“できない”と割り切ることです。コントロールできることをやるしかない。そうすると、結局自分しかいなくなるんですね。“自分をどうしていくのか”という点になってくると思います。この1年では、一生懸命練習をすること、自分の発言にはとても気をつけること、この2つぐらいしかできることはなかったと思います。毎日の練習を積み重ねて、未来がどうなるかは逆算しない。スポーツは神格化されやすいのですが、スポーツだけに限らず、この1年みんながそうだったと思います。スポーツはスポーツの現場でやるべきことをやったということですね」