【インタビュー】天龍源一郎が教える“腹いっぱいの人生”に必要なこと
“ミスタープロレス”と称され、ジャイアント馬場とアントニオ猪木の二人からピンフォール勝利を収めた唯一の日本人レスラー・天龍源一郎。2015年11月15日・両国国技館の引退試合を最後に現役を退き、現在はタレントとしても活躍中の同氏が、『天龍源一郎の世界一滑舌の悪い人生相談』(白夜書房)を上梓した。「まずは、生き様に共鳴してもらえるような自分を作り上げること」などなど、滑舌とは違い(!?)、明瞭なアドバイスの数々は、きっと仕事や人間関係などに悩んでいる人の胸に響くはず。自分らしく生きる哲学からレスラー廃業後の生活まで、天龍源一郎のカッコよさは健在だった――。
人間関係や仕事、恋愛などの人生相談に約2年答え続けてけてきた
――幅広い世代から、人間関係や仕事、恋愛などの人生相談を約2年にわたって、100番勝負のように答え続けてきたわけですが、相談を受け続けた率直な感想を教えてください。
実社会にいる人が、こんなにも悩んで、こんなにももがいているのかと勉強になった反面、自分は相撲とプロレスというスポーツの世界を選んで正解だったと思いましたよ。俺たちの世界は、うっぷんを抱えたら土俵やマットの上でぶつけることができた。ところが、相談者の皆さんはそうはいかない。真剣に悩んでいるんだなと伝わってきたから、こっちも全力で答えるのみだよね。自分自身の経験を振り返る機会にもつながったから、俺も勉強になったありがたい機会でしたね。
――とても人間らしい天龍さんのアドバイスが印象的でした。もっと、「喝だッ!」「〇〇をしろ!」といった男性的なアドバイスが多いと思っていました。
10年、15年という長い付き合いの中で生まれるキャッチボールと違って、相談者には瞬間的に純粋な相談に対する回答をしなければいけない。なるべく俺なりに無い知恵を絞って考え、ストレートにその人に寄り添うような回答をしたつもりです。 人生の一歩になったり、励みになったり、少しでも相談者の心に響いてくれたらうれしいですよ。
――もともと天龍さんは、人から相談されることは苦手ではなかったのですか?
相撲とプロレスは、上下関係が厳しいですから、現役時代に愚痴や悩みを聞くことはしょっちゅうですよ。しがらみもあったからなぁ(笑)。特に、プロレスは純粋な上下関係だけじゃなく、大人の事情や横のつながりなどサラリーマン的な世界に通じるものがある。プロレスの世界で40年やってきたことが、人生相談という形で活かされた部分はあると思いますね。ただ、今現在は現役のレスラーから相談を受けることはないですよ。「週刊プロレス」で好き勝手言っているので、レスラーたちは「アンタに言われたくないよ!」って思ってんじゃないのかな。ハハハハハ!
――天龍さんは現役時代、「天龍革命」「SWS移籍」「新日本プロレス参戦」「天龍プロジェクト」などなど、常に新しい挑戦をし続けてきたプロレスラーでしたから、相談者へのアドバイスがとても現実的で説得力がありました。天龍さん自身が、飽くなき探求心を持ってチャレンジングし続けることができたのはなぜでしょう?
なかなか日の目を浴びることのできなかった俺が、同じことをやっているとファンの人は飽きてしまうだろうなという気持ちが常にありましたね。目先を変えて、新しいことに挑まなければ刺激は生まれない。俺みたいな不器用な人間は多彩な技を繰り出すことはできないから、対戦相手を変えて違う自分を見せるしかないんですよ。自分自身が変わらなくても、環境を変えれば、それが新しい自分を見せることにつながる。「何が何でも自分が変わらなきゃいけない」っていう発想じゃなくて、環境を変えてみるとか、自分が向き合っているものを変えてみるだけで、実は自分がすごく変わってるように見えて、振る舞いが変わってくることもあると思いますよ。
「自分が自分の応援をできなかったら揺らいでしまう」
――環境を変える怖さみたいなものはなかったのでしょうか?
どんなふうに周りから見えるのかなという楽しみしかなかったよ。怖さを感じるのは、自分という存在がどこかブレているからじゃないかな? 「俺は俺なんだ!」って、自分に自信を持ってやらないと。自分が自分の応援をできなかったら揺らいでしまうよね。あと、やっぱり「こんちくしょう」という負けたくないって気持ちはあってほしい。でも、単に怒りだけをたぎらせていても良くない。娘(天龍プロジェクト・嶋田紋奈代表)に言わせると、反骨心をエネルギーにしているときの俺は、いつも自分を客観的に見ている俺がいるって言うんだよ。
――とても気になります(笑)。
プロレスラー・天龍源一郎に対して、頭上から人間・嶋田源一郎が、怒りの根本は何か? 今するべきことは何か? という具合に、自分を客観視している……と言っても、俺はそんなに意識していないんだけど、家族からはそう見えたみたいでね。言われてみれば、どうして俺はくやしいと思っているんだって考えていた俺がいる。一方的に怒りに身を任せるのではなく、こんちくしょうと思うときに、「なぜ自分はこれだけ腹が立つんだ?」といった客観的な目がないと、エネルギーに変えられないと思いますよ。
――プロレスを廃業されて約3年が経過しました。今の日常には慣れましたか?
気楽なもんですよ。現役のときは、ちょっとでもサボろうものなら自分に対しての後ろめたさを感じていましたけど、今は何もやらなくていいからね。 それどころか、“何もやらなくていい”ということが、こんなにも至福の時間だということに感謝してます。例えば、雨の日に傘をさして職場に向かっているビジネスマンを見ると、「今から働きに行くんだ。ご苦労様です」と思うし、喫茶店に入って打ち合わせをしている人たちを見ると、「俺はのんびりとコーヒーを飲むことができるんだな」と贅沢な瞬間を噛みしめています。おかげさまで、俺を呼んでくれるバラエティ番組などもある。この歳になって、また新しいことに挑戦させてもらっているのは、本当にありがたいですね。
――バラエティをはじめ、天龍さんが元気な姿で活躍されていることがプロレスファンとしてただただうれしいです。かつて手に汗を握って見ていたレスラーの中には、もういない人も少なくないので……。
俺なんか、ここまで生きたらしめたもの。ただ、愚痴をこぼせるやつがどんどんいなくなって寂しいけどね。馬場さんの悪口を言える相手が、(グレート)小鹿さんと(ザ・グレート)カブキさんくらいしかない(笑)
――(笑)。天龍さんの引退までの軌跡を描いたドキュメンタリー映画『 LIVE FOR TODAY』の中で、廃業後は家族とともに過ごす時間を大切にしたいと仰っていました。
「“腹いっぱいのプロレス人生”という言葉に表れているように、俺はやり尽くした。」
ありがたいことに家族と過ごす時間も増えたので、女房とは車を運転して旅行に行ったりしています。現役時代はそんなことできなかったから楽しいですよ。どんな気分かって? そりゃ、良い亭主だなぁって自画自賛ですよ。ハハハハハ。
――プロレスに未練はない?
それはね、中途半端にやっていたやつが思うことなんですよ。“腹いっぱいのプロレス人生”という言葉に表れているように、俺はやり尽くした。そういう気持ちは一切ないんですよ。
――愚問でした。ちなみに、天龍さんは現在プロレスに対してどれぐらい関心度があるものなのでしょう?
現役時代を100としたら20くらいかな。 プロレスをしていなければ、現場にも足を運んでないからね。身を引いた俺が、何かを言う立場ではないと思っているんですよ。それにプロレスの形が多種多様になってきている今、お客さんが引っ張っていくものに、より変わってきているとは思っています。
――天龍さんのような生き方に憧れる人は、僕を含めたくさんいると思います。腹いっぱいの人生を送るには、何が大切でしょうか?
俺なんかに憧れちゃいけませんよ(笑)。ただ、人生を少しだけ長く生きている者から何かアドバイスを言わしてもらえるなら、覚悟や信念が大事だと思います。俺自身、相撲からプロレスに転向したときは、まったくうまくいかなかった。だから、開き直ったんですよ。変に小手先だけでやっても仕方がないから、自分のペースで自分で稼ぐしかないって。でも、それだけじゃやっていけなかったでしょうね。やっぱり自分が頑張れたのは、家族の存在が大きかったと思います。俺がプロレスをやっていたもんだから、娘は学校で同級生から悪口をはじめ、いろいろ言われていたみたいでね。そのときに、「自分に嘘をついちゃいけない」って決めたんですよ。そういう信頼関係があるから、今でも娘とは仲良くさせてもらってます(笑)。
――天龍さんの生き方は、決して一人では成し遂げられるものではなかったわけですね。
その通りだと思います。信念を曲げないというのは、見方を変えたら自分勝手なだけですよ。ですから、よく女房に「あなたは自己満足なだけ」って手厳しいことを言われる(苦笑)。でも、一人だったら気が付かないんですよ。心を許せる仲間でも、恋人でも、家族でもいい。あるべき覚悟や信念を矯正してくれる身近な存在を大事にすること。一人で頑張りすぎないでほしいと言いたいですね。
(取材・文 我妻弘崇)
天龍 源一郎
天龍源一郎史上〝最も聞き取りやすい〟人生相談! 人生を生き抜いていくヒントがすべてここにある。「仕事の悩み」「人間関係の悩み」「恋愛の悩み」などなど、天龍源一郎がときに誠実に、ときに厳しく血の通ったアドバイスをおくる。巻末特別対談の青野慶久氏(サイボウズ株式会社 代表取締役社長)との対談も必見。